エゴイストの憂鬱1




流川に強く迫られ流されることを回避したはずが、弟の直樹と顔を合わせることになってしまうというハプニングから数週間。

 

流川は時間を見つけては紫絵の元を訪ね、試合の取材にもついて回る始末。

食事はともあれ、女子バスケの試合の取材へ行った時は大惨事だった。あの流川楓がなぜここにという理由でざわつく女子たちはまだしも、このビジュアルと身長というだけで館内は黄色い声に包まれた。

 

今日はと言うと、バスケリーグの試合。流川が高校時代に戦った猛者たちもいるこの会場にも、彼は迷いなく「行く」と答えた。

 

会場へ向かう道すがら、紫絵はずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「流川くん、Bリーグからも声がかかってるんじゃないの?」

「ああ、いくつか来てたけど断った」

「この休暇が終わったら、どうするの……?」

 

流川が帰国したのは、単なる里帰り。

UCLA卒業時、どこのチームへ行くことも決まっていなかった流川は、一度帰国することを決めたのだ。

 

「それ、話そうと思ってたんすけど」

「え?」

「決まった」

「うそ!?」

「ロスに戻る」

「それって……」

「レイカーズ」

 

紫絵は思わず立ち止まり、流川を見上げた。

流川の表情はどこか照れたような、いつも通りの無関心のような。相変わらずいまいち感情が読みづらい男だと紫絵は思うが、レイカーズというチーム名に興奮を隠せなかった。

 

「す、すごい! おめでとう!」

「うす」

「そのこと、編集長にも話すからまたちゃんと取材させてね」

「また取材……」

「だって大ニュースだもん! レイカーズ側にもオンラインでインタビューできるかな」

 

 

つい先日決まったレイカーズへの入団。

それを聞いて、まるで自分のことのように喜ぶ紫絵。

そんな紫絵の様子に、流川は少しだけ嫉妬の感情を覚えた。

 

(だから言いたくなかったんだ)

 

「紫絵さん」

「なに?」

「そんな嬉しいすか」

「え? そりゃあ嬉しいよ、だって流川くんがついにNBAの選手になるんだもん」

「ロスに行くんすよ、俺」

 

流川は歩き出そうとする紫絵の腕を取り、グッと引いて自分のほうを向かせた。

目を丸くして自分を見つめる紫絵の瞳が、一瞬揺らいだ。

 

「あ……え、っと」

「俺がロスに行くの、そんなに嬉しいんすか」

「それは……」

 

言葉を探すように視線を泳がせる紫絵が何だか憎らしくて、その腕を離し再び歩き始めた。

さっきまで意気揚々としていた紫絵は、そんな流川に遅れないよう小走りでついていく。

 

「ねえ、流川くん」

「なんすか」

 

つい不機嫌な声を出してしまう。

 

「ちゃんと聞いて?」

「……聞いてる」

「その……もし流川くんが恋人でも私は……行かないでなんて、言えるタイプじゃないから」

「……」

 

不機嫌な態度をとってしまったことを、流川は後悔した。

 

「可愛くないってわかってるけど……私は違うの」

「紫絵さ……」

 

(やべ……)

 

流川を見上げて微笑んだ紫絵が美しくて、流川は思わず目を逸らした。

こんなことをしている場合ではない。

 

自分には駆け引きなどできないことなど、わかりきっていたのに。

ことバスケに関してならば、いまや駆け引きだってタイマンだって何でもござれ。

しかし恋愛ではどうだ。

そもそも、恋愛なんて……

 

(わからん……)

 

この美しい彼女をーー

初めて「恋心」だと認識した彼女への気持ちを、どう伝えれば本気になってもらえるのかが全くわからない。真っ直ぐにぶつけることしか出来ずそうしてきたが、なぜ彼女は応えてくれないのか?

 

自分がロスへ行くと知った紫絵の落胆した顔が見たかった。

行かないで、と言って欲しかった。

その選択をするかどうかは別として、一瞬でも彼女の表情が曇ることを期待していたのだ。

 

自分が紫絵にそんな顔をさせることを想像しただけで、ゾクゾクと言い知れぬ感覚が全身を駆け巡る。

 

だが、彼女はそうならなかった。

そんな紫絵が酷く憎らしくて、愛おしく、まだ灯火程度だった独占欲が油を足したように一気に燃え上がっていくのがわかった。

 

「紫絵さん」

「ん?」

「ごめん」

「……流川くん?」

「確かに、そんなこと言う紫絵さんだったら好きになってない、多分」

 

流川の言葉に紫絵が目を丸くした時、背後から懐かしい声が聞こえた。

 

 

「流川? 流川じゃないか」

「……仙道……」



06/18 03:17
[SLAM DUNK]

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