螺旋状に突っ走って死にたい(
プロフィール)
2014/5/29
Thu
08:09
10分構想(7回目)
話題:自作小説
机に花が置いてある。仏花だ。
乱雑に置いてある。置いた人間の粗暴さを表すように。
「彼女」がいじめ始められたのは、二学期の最初からだったか。
いじめには、理由がない、ということはない。ほんの些細なきっかけが理由となり、その理由はいじめる側で正当化される。いじめられる側に非がなくても、いじめられる理由はいくらでも生まれるのだ。
「彼女」のいじめの発端も些細なことだったに違いない。関与していない私にはわからないけれど。
直接いじめていなくても、傍観者もいじめに荷担しているのと同じだと言う人間がいる。
それは正論だろう。
しかし、人間は弱いのだ。少なくとも私は強くないし、私の周り、クラスメイトに強い人間は一人もいなかった。
我が身可愛さに見て見ぬフリを決め込むこと、傍観者になることを選ぶのは至極当然だ。
ここでは正論は通じない。この場所では、いじめられる理由をつくらないことが正義で正論なのだから。
「彼女」を直接いじめていたのは一部の人間であったが、私を含む傍観者、つまりクラス全員が共犯者だった。
組織というのはその中に必ずヒエラルキー、階層が存在する。
学校という場では声が大きく、派手な人間が階層の上にいやすい。
大人しい「彼女」は下になりやすい。
いじめの先導者は上で「彼女」は下、その構図が先導者を助長させたのだろう。
先導者のグループは「彼女」をいじめ続けた。
その内容は凄惨極まるかと言えば、そうではない。
本当にくだらない、小さな嫌がらせ程度だ。軽い無視、物を隠す、捨てる、悪口、陰口。
そんなくだらないことでも、毎日やられたらストレスは貯まる。他人の悪意のある行為は精神にダメージを与える。
「彼女」は強かった。「彼女」はいじめを黙殺した。全く反応せずに、まるでなかったかのように過ごしていた。
それだけで称賛に値する。私ならば、毎日泣きながら部屋にこもるかもしれない。親に頼んで転校することさえ有り得る。
私は「彼女」をひそかに応援し、尊敬していた。
おそらく、それは私だけではなかった。
ある日、全てを変える事件が起きた。
朝、「彼女」の机には仏花が乱雑に置かれていた。
遠回しの「おまえなんか死んでしまえ」のメッセージ。
先導者がニヤニヤと笑っていた。
しかし、そこにはいつもと違う雰囲気があった。
先導者のグループの他の人間は笑っていないのだ。
先導者のその行為に嫌悪感を抱いているように見えた。それは間違っていなかったのだが。
「彼女」は机の上の仏花を見た。「彼女」は何事かを考えたあと、優しく花達を整えはじめた。
その姿をクラスの人間達は呆然と見つめた。
「彼女」は抜きん出ていた。逸脱していた。
「彼女」は自分の置かれた境遇に興味さえなく、ただ乱雑に置かれた花達のために慈愛に満ちた行動を取っていた。
低俗ないじめをする先導者達も、見て見ぬフリする私達も、到達できない位置にいたのだ。
次の瞬間動いた人間がいた。先導者だった。先導者は、「彼女」のもとに歩み寄ると「彼女」が整えていた、花達を振り払った。
ちらばる花達。
「彼女」は先導者に目もくれず、まるで風が花を吹き飛ばしたと言わんばかりにちらばる花を拾い始めた。
格が違った。こんな閉鎖的なヒエラルキーではなく、もっと高尚な人間としてのヒエラルキーの遥か高みに「彼女」はいた。
先導者の完敗だった。
先導者は悔しげに、自分達のグループを見た。
グループのメンバー達は、「彼女」と先導者を見比べると、その場から去った。助けてもらえると思ったのだろう(いじめている側なのに精神的にはいじめられているようなものだったのだろう)、呆然とそれを見送る先導者。そして、それを尻目に一人、また一人と「彼女」が花を拾うのを手伝い始める人間が出てきた。
「彼女」はいじめを退けたばかりか、傍観者達を関係者にしてしまったのだった。
次の日から、「彼女」へのいじめはなくなった。
「彼女」は相変わらず超然としていた。
「彼女」に話しかける人間が増えてきた。「彼女」はまるでいじめなどなかったかのように、接した。その行為は傍観者達の罪悪感を溶かした。
「彼女」がいじめれない代わりにいじめられ始めた人間がいた。
いじめがなくなったわけではなかった。「彼女」をいじめることがなくなっただけだった。
いじめられたのは先導者だった。
先導者のグループが先導者をいじめていた。
先導者にはあだ名がついた。「ブッカ」というあだ名が。
先導者の名前はカオリだった。ブスなカオリで、ブッカ。
しかし、あの事件が新たないじめに起因していたのは明らかだった。
因果応報、自業自得。
元々、先導者は好かれてはいなかったのだろう。
理由はなんだったっていいのだから。
先導者のあの行為に先導者のグループも、クラスの皆も嫌悪し、不快感を抱いていた。
それを吹き飛ばしたのが「彼女」。
先導者はいじめていた側に負けた。こいつは弱い、そだけでいい。
ブッカへのいじめはシンプルだった。ひたすら無視される。
「彼女」がブッカのいじめを無視していたように。
ただ、これは無視というレベルではなかった。
いないのだ。ブッカはいない。ブッカという存在はここには存在しない。
無視は「相手がいるのにいないような態度をとる」ものだ。
しかし、ブッカはいなかった。最初からいなかった。
このいじめはクラス全体に広がった。
誰もがブッカを嫌っていた。そして「彼女」を敬っていた。
だから、誰もがみんなブッカの存在を肯定も否定もしなかった。
ブッカという存在は、最初からいないのだ。
0という概念ですらない。空気ですらない。
これはとても残酷で無慈悲ないじめだった。
最早いじめですらない。
いじめならば、相手の存在を認識しているだけマシなのだ。相手がいるからいじめが成り立つのだから。
ブッカは繊細な人間だった。繊細だからこそ、脆く、弱い。
ブッカも弱い人間だった。
だから耐えることはできなかった。
ブッカは本当に消えたのだ。この世から消えて、ひと足先に真の無の世界へ行ったのだ。
ブッカが死んでも何も変わらなかった。
誰もが当たり前にブッカをいないように振る舞っていたから、消えても何も変わらなかった。
いなかったのだ、ブッカなど。
ある日のことだった。
ブッカの机に花が添えていた。仏花だ。
しっかりと飾られている。置いた人間の心を表すように。
誰も笑わなかった。その花達はとても綺麗だった。綺麗だったのだ。
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