『このボタンをどなたか遺族の方で押されますか?もしお辛いようでしたら私たち職員が…』『いや、オレが押します。』














母の亡骸を収めた棺がいよいよ火葬されようとしている。

ふたつあるボタンのひとつを押せば堅牢な炉の扉が閉まりもう母の顔を見ることは出来ない。







そしてもうひとつのボタンを押したらば火葬が開始されるのだ。











ひとり息子として、何一つ恩返ししてやれなかったオレに与えられた役目は一切の悔いをかなぐり捨てて潔く母を送ることだけしか残ってなかった。












一思いにふたつのボタンを順番通りに押していく。














あの日あの時からもう一年が過ぎていました。















母がこの世を去る瞬間よりも深く抉られるようにツラかったのは翌日。











葬儀社の職員が母を迎えに来た時だった。



母を連れ出したらもう二度と母の肉体がこの家に存在しなくなることを意味する。











それがたまらなくツラかった。










おふくろさん。

葬儀社の人が迎えに来たよ、おふくろさんもうこの家ともお別れだよ─────













通夜ではオヤヂをおふくろさんと夫婦水入らずにしてオレはひとりで自宅に戻った。









そこにはまだ、ついさっきまで母が寝ていたベッドがさながら脱け殻のよーになってうら寂しさを漂わせている。





オレはこの脱け殻に潜り込んでおふくろさんの最後の温もりを感じながら目を閉じた。