※ED後の考察設定。リチャードとソフィはグレルサイドにいます。
両手を出して、と言われるまま、ゆるりと差し出せば、優しく乗せられる小さな手。
互いに手袋をしていて、触れている感触しか伝わらない。人としての温もりを感じていたくて、思わずぎゅっと握りしめる。
すると、彼女はきょとんとした顔で「どうしたの?」と小首を傾げた。
それに多少の焦りを感じて、握っていた彼女の手を解放する。
微かに感じた柔らかな感触が去っていき、代わりに残ったのはコロンとした重み。
手袋と同色で最初はよくわからなかったが、黒い、親指ほどの種が二つ。
「これは?」
「ナイトリリーっていうんだよ」
そう言って綻ぶ彼女に思わず笑みがもれる。
「バロニアで見つけたの。シェリアの花壇で育てて、綺麗な花が咲いたよ」
「そうか。ソフィが育てたんだから、きっと優しくて、美しい花だったんだろうね」
「うん」
結んだ髪を揺らして微笑む彼女の頭を、つい撫でてしまう。
本当に、綺麗だったよ。
言葉が過去形で終わっているということは、もう花は散ってしまったのだろう。少し、残念な気持ちになり、誤魔化すように、何度も彼女の頭を撫で続ける。
ナイトリリーは、名前だけ知っていた。時々、メイドが持ってきて、飾っている。けれど、何種類もの花が生けられた花瓶ではどれがそれなのか知ることができない。
王宮内でのいざこざで、少しでも心を癒されますようにと、メイドは甲斐甲斐しく世話をやいていたが、それを眺める余裕も、あの頃は無かった。
「綺麗に咲いたから、アスベルとシェリアにあげたの。そうしたら、喜んでくれたよ。アスベルは窓際に飾ってくれて、シェリアは押し花にしてくれるんだって」
楽しみだね。嬉しそうに笑って彼女は言った。
「そうだね」と返したけれど、ちゃんと笑って言えただろうか。
少し、寂しいかった。切なくて、胸に淀みが生まれた。
撫でていた手を、静かにおろす。感触が微かに残っていて、強く握りしめた。
知らない花を、三人で囲んで微笑んでる姿を想像する。その光景が羨ましく感じた。その中に交じって、共に笑い、賞賛の言葉を送りたかった。
「ねえ、リチャード」
彼女の手が、再び重なった。手袋をしていてよかった。きっと今、指先は冷たくなっているに違いない。彼女に冷たい思いをさせずに済んだ。
「二人で、育てよう」
柔らかな声。聞くだけで胸の中の淀みは引いていく。あぁ、君は声まで澄んでいるんだね。
「ナイトリリーを?」
「うん。一緒に育てて、アスベルたちに見せよう」
「でも、僕は植物を育てたことなんてないよ」
「大丈夫。簡単には枯れないよ。私の子供だから」
「……子供?」
うん、子供だよ。
彼女は笑った。幸せそうに、目を細めて、綺麗に笑う。
今は、それだけでいい。こうして、彼女につられて笑えるくらいがちょうどいい。
いつか、自然と声をあげて笑えるようになるまで。あの明るい輪の中に、うまく溶け込めるように。
「じゃあ、名前をつけてあげないと」
「名前?」
「君の、子供なんだろう?」
そういうと、彼女は顔を綻ばせた。
よかった、と安心する。まだ、誰かをこんな顔にさせることができる。
彼女の手を種ごと握りしめてみると、布越しでも確かに温もりを感じとることができた。
「ナイトリリーの次は、ナノハナを育てよう」
「それはどこで見つけたんだい?」
「ここだよ」
そっと握り返される手に導かれるように、外へ出た。
END