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「紫絵さんち、どのへん?」
「へ?」
「家」
「お、大井町駅のあたりだけど…」
「…」
「…なに?」
「明日朝6時半、ここ来てください」
「…?」
グーグルマップで示された場所を、流川のスマホで見せられたのが昨日。
マップ上のそこは、簡素でも紫絵には理解出来た。
家からほど近いところに、バスケットゴールがひとつだけある公園があるのだ。
それにしても6時半なんて。
初夏の6時半はとうに明るくて、日差しが暑い。
日焼けを気にしてパーカを羽織って来たけれど、暑くてたまらない。
公園に着くと、既に彼はゴールへ向かってシュートを打っているところだった。
公園の外から見るそれは、ロサンゼルスで見かけていた彼そのものだった。
初めはまさかと思った。
まさか、あの流川くんがこんなにも広いアメリカのこんなにも近い場所にいたなんて。
紫絵がいることに気付いた流川は、手招きをする。
「おはよう、流川くん」
「うす」
そう言って、持っていたボールを紫絵にパスした。
「えっ」
「紫絵さんも、バスケしよう」
「…そんなに上手じゃないから、教えてくれないと」
「そのつもり」
こうやって純粋に汗を流したのは久しぶりで、紫絵はいつの間にか夢中になっていた。
パスッという音がして、紫絵のレイアップが決まる。
「上達はえーな、紫絵さん」
「そうかな?ありがとう。たまには運動しないとだめだね、やっぱり」
さすがにパーカが我慢出来なくなって来た紫絵は、それを脱ぎ捨てた。
タンクトップ姿の紫絵に、流川は一瞬静止する。
少し汗ばんだ、柔らかそうで白い肌。
今まで見て来た紫絵とは違う、素肌を晒した紫絵。
流川は思わず、見とれた。
「わたし、もうそろそろ帰らなくちゃ…このシュートが入ったら……流川くん?」
ゆっくりと側に歩み寄って来た流川を見上げた紫絵。
そっと腕を取られた。
「紫絵さん」
「ん?」
流川は紫絵の首筋まで腰を折り曲げ、顔を埋めた。
もちろん、紫絵が驚かないわけが無い。
「ちょっ…」
「紫絵さん、綺麗だな」
「…汗,かいてるからやめて…」
「汗の所為で、余計紫絵さんのいい匂いがする」
「や…だっ…」
そうして両手を紫絵の腰に廻し、引き寄せた。
密着する汗ばんだ身体に、一気に近くなり絡まる視線。
「…なん、で…」
紫絵は疑問でしかなかった。
一体何故いつもこうやって触れて来るのか。
視線を反らし頬を染める紫絵に、流川は一瞬怯んだ。
それと同時に震えた背中。
「…なんで、いつもこうやってからかって…」
「からかってねえ」
「…」
「大学ん時からアンタのこと見てた」
「え…っん」
思わぬ台詞と共に塞がれた唇。
数秒のそれが、長いような短いような。
目も閉じることが出来なかった。
「…っ」
「…練習、付き合ってくれてサンキューっす」
流川に拘束されていた身体は解放され、紫絵は立ちすくんだままだった。
帰って行く流川の背中を、ただただ見つめることしか出来なかった。