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市川海老蔵のレビュー

兄さんにさえ御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも何でもない、同情の意を表した。
その夕暮であったか、小六はまた寒い身体 を外套 に包 んで出て行ったが、八時過に帰って来て、兄夫婦の前で、袂 から白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻 を拵 らえて食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸 かしているうちに、煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節 を掻 いた。
その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられる時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏 ったか、宗助はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計 をしている事と、その学校が女学館であるという事と、兄弟がたくさんあると云う事だけを、同じく小六を通じて耳にした。写真にせよ顔を知ってるのは小六ばかりであった。
「好い器量?」と御米が聞いた事がある。
「まあ好い方でしょう」と小六が答えた事がある。
その晩はなぜ暮のうちに式を済まさないかと云うのが、蕎麦掻のでき上る間、三人の話題になった。御米は方位でも悪いのだろうと臆測 した。宗助は押しつまって日がないからだろうと考えた。独 り小六だけが、
「やっぱり物質的の必要かららしいです。先が何でもよほど派出 な家 なんで、叔母さんの方でもそう単簡 に済まされないんでしょう」といつにない世帯染みた事を云った。

 

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