◆ひとつめ
川沿いの土手。現実で言えば洪水ギリギリのラインまで水が溢れてる。
そんな土手にまっすぐ走る道路を、俺と友人達の合計3人で自転車で走っている。
川の中に家が建っている。水面から上を見れば一般的な日本家屋。水の中にも3階分ほど伸びていたので、実際には5階建てぐらいなのかも。
よく見ると、どうやら水の中の一番下の階層の外壁にヘイラッシャ(ポケモン)が引っ掛かって取れないみたいなので俺達でどうにかする事になった。家の持ち主は居なかった。
友人達は家の中に入り階段を下り、部屋から水中の窓を叩く。目線こそ送れど動く気配なし。
俺は生身ひとつで川に潜ってヘイラッシャに会いに行く。10メートル近くは水深があった。水面から差し込む光が綺麗。
そして接触。人を嫌がる様子は無いが、動くような気配も相変わらず無い。窓の向こうから友人達が覗いている。
ヘイラッシャの身体を伝って数秒ぐるぐる回って、やっと判った事があった。
この場所、家の壁と川底で渦を巻いている。しかもかなり吸引力が強めの。
それこそ、そろそろ息の限界が近い俺が多少暴れた程度じゃあ脱出できないぐらいの。
藻掻く。掻く藻も生えていない澄んだ水を引っ掻いて、真っ白な外壁に手を付き足を付き蹴り出した。まだ足りない。水流がズボンを捉まえている。引き戻される。
ふざけないでくれ。死ぬならもうちょっと後にしてほしい。友人にトラウマ植え付ける気か。やっと会うことが出来た人だっているのに。
足裏に柔らかい感触。ヘイラッシャの尾びれだった。此方を見やって反応を窺ってくれている。直ぐに頷く。
身体が持ち上がる。物凄い水圧。尾びれが離れて数秒しない内に柔らかい壁に堰き止められるように上昇が止まる。
泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。
今だけはまだ死にたくない。
けれど、そういう時に限って終わりって訪れる印象がある。
開いた口から空気が漏れる。酸素を求めた口と喉と肺を水が満たしていく。
「自分のせいだ」なんて思わないでね。単純に俺の息が続かなかっただけだから。
まだ水面まで、3メートルはあった。
◆ふたつめ
今住んでいる自宅。妹と母さんはいなくて、俺と、俺の父さんの二人で休日の昼間を過ごしていた。
もう読んだ事がある漫画本に目を落として、あなたに意識は向けていませんアピールを続ける。
俺の機嫌を窺うようにそわそわとし続けている。掛ける言葉は何もない。
ふと、玄関のドアが少しだけ開かれる。外の光がたっぷり差し込んで家の中が露骨に明るくなるので2人揃って自然に目線を向けた。
色の濃い頭髪ながらも顔付きが明らかにこの国の人ではない。
ドアの上部ギリギリから人当たりが良さそうな笑顔を覗かせている。かなり高身長だ。
「……父さん、お友達?」
「…………いやぁ……? 見覚えが無いなぁ……」
あぐらをかいたままそう答える父。俺が出迎える為に立ち上がる。後ろ手に鋏を忍ばせた。
「こんにちは〜! 何かご用ですか〜?」
聞き取りやすいようはっきりと大きな声で発音する。
俺が居間に座ったままの父を通り過ぎた辺りでドアがキチンと開いて、お相手が身体全体を部屋に滑り込ませる。
上下ともに黒い衣服である事と逆光の効果で馴染んで見えなかったけれど、何かを手に持っている。
拳銃だった。気付いて息を呑む。
「お金、いっぱい、くださーい」
若干クセのある発音で伝えられる言葉と共に俺に向けられる、色んなフィクションで見覚えのある四角じみたシルエット。
シングルアクションだろうがダブルアクションだろうが関係ない。一瞬で命を奪われかねない状況に立たされている。しかも裕福とは正反対に近い位置の、相手の要求から絶望的に相性が悪い我が家で。
「……っな、ないです……お金、無いですっ……!」
恐怖から自然と崩れ落ちた膝を付いて、本当のことを必死に喉から絞り出す。両手足から温度が抜ける。胸と背中から汗がどっと噴き出している。
相手は妙に機嫌が良さそうな顔のまま目を父と部屋中に泳がせて、数秒の沈黙。他言語を理解する為だったのだろうか。
「じゃあ、いっぱい命乞いをしてくださーい」
あっ、殺されるんだ。
額に銃口が押し付けられて、意思に関係なく引き攣れた声が息と共に喉から漏れる。恐怖は抑制できるものではない。
要求の通りに命乞いをした所で、殺されるんだろうなというのは大前提の結論として頭の中で直ぐに出てしまっていた。
それでも一縷の望みに縋らずにはいられなかった。生き物としての本能だった。
「……こ、ろさないで……殺さないでください……! お願いします……!」
抵抗の意思が無い事を祈るように組む手で示し、楽しそうに見下ろす目を見上げながら、ひたすら、ひたすら、同じ言葉を繰り返す。
涙が溢れて前が見えなくなっても。殴られて眼鏡が吹っ飛んでも。銃口を挿し込まれて震える歯がガチガチ音を鳴らしても。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
閃光。