「いい加減キチンと話したらどうです?真実を話さない者に手を貸すほど馬鹿ではないつもりですが?いくら報酬を約束されたところで裏切られては元も子もない」
「ふむ、そうくるか。ところで君はこの国に復讐したいとは思わないかね?」
答えを返さず、ルーファスは微笑んだ。
普段の柔らかだが、どこか憐れみを含んだ笑み。
自らが支配者だと知って、目の間の人間を掌で転がす愉悦が浮いた笑み。
この言い分だと、彼の満足する答えをすれば彼は味方につくだろう。彼は信用に足る確証が欲しいと言った。だが、まだその時ではない。
「質問しているのはこちらなのですが。あなたの目的は何なのです?私を何に利用したいのですか?セリアン公爵」
答えて頂けないのなら、私が指示されていた件についてスクウォドフスカ公にお話することも出来ますが?
眉一つ動かさず、淡々と紡がれていく言葉。切ったカードは予想通り。寧ろそれ以外のカードを与えてはいない。しかし致命傷になりかねないのは事実だ。
「それはちょっと困るな。……仕方がない。……私はね、スクウォドフスカ公をこの国の政治から追い出したいんだ。勿論スクウォドフスカ公だけではなく7人の公爵いや、私を除く6人も」
「追い落とした暁にあなたが国政を握ると?」
「まあそうだね。私は皇帝に連なる者だ。正当性は十分にある」
「……勝ち目のない賭けはしない主義ですので」
クラウスは冷淡に言い放つ。
確かに勝ち目は薄い。だが0ではない。しかし100でもない。よくて30といったところか。
「慎重というべきか疑り深いと言うべきか。流石だな。君が探している例の事件についての資料の閲覧を許可しようと思っていたのだが。残念だ」
「もう当たりはつけてありますので結構。これ以上お話頂けないのなら失礼します。仕事が詰まっておりますので」
「最後に一つだけ……あの町の件は実に痛ましく、悲劇的な事件だった。生存者は君を含めて100名にも満たなかったか。逃げられない地形での市街戦と虐殺。だが本当にそれだけで約3万の人口が100正確には83か、まで減るだろうか?地下室や、山や船で沖合いに逃げた者もいたはずだが?市内にいた生存者は2名、君ともう一人、……もう一人は事件から2ヶ月後に行方不明になっていて今も足取りは掴めていない。残りの81名は所用で町を離れていた者だけだ。もっと正確に言うならば市の中心からから半径30km以内の人間としての生存者は君だけと言っていい。……これを必然と言わずして何という?君の描いた事件の顛末、一般的に語られている話とは大分違うと思うけれど?」
「……」
ここにきて初めて表情が変わった。声こそあげないものの海色の瞳が見開かれる。
「皇帝家の図書室の資料の閲覧を許可しよう。とは言っても誰か七公爵に連なる者がいなければ図書室には入れないが。私の話は以上だ。君に話すことがないのなら帰って構わない。下らないことに時間を取らせて申し訳なかったね」
ルーファスが手を振るとどこからともなく少女が現れ扉を開けた。少女は得意げにルーファスを見る。まるでボールを拾った子犬のような。
彼はそれに笑みを返した。穏やかな笑みであった。
◆◆◆
召使いの少女に会釈し、部屋を出る。廊下を歩きつつさっきの出来事について考えた。
彼は一体なんのつもりで話したのか。
勿論懐柔し、彼の目的の為に協力させるようにするためだろう。
しかし何のために?
彼が語った目的は一見理に叶うものではあったが動機が見えない。国政を握りたいだけであるならば、現状の地位でもなんら問題はないはずだ。彼は若く、他の公爵は年配者が多い。今は無理でも後20年もすれば彼が最年長になり何もせずとも国政を掌握することは難しくない。
今、他の6人の公爵を無視してまで成し遂げたいこととは?
七公爵の上位となれば最早皇帝か、もしくはその摂政でもなければそれ以上の権限を振るうことはできない。皇帝に限りなく近い地位が欲しい、つまり、その地位でなければ、今の七公爵以上の権限が必要なこととは?
彼は確かに策士ではあるが、野心家であるようには思えない。そう思わせることが既に策である可能性もあるが。
舌打ちを一つ。
そしてもう一つの問題。
彼がクラウスに与えた賞賛や、語った必要性は理解は出来たが些か過剰であるとクラウスは考えるのだった。
この程度の役割ならば誰にでも出来る。もっと近しく、忠誠心の篤い部下もいるだろう。
『これを必然と言わずして何という?』
静かなリドル。導くようで、その先は彼の掌の上。その上で踊るのは癪に触るが、こちらには切れるカードはない。あったところで今は非常に弱い。情報が、圧倒的に足りないのだ。
仮に彼が語ったことが真実だとするなら、自分が未だにたどり着けない真相と、その必然性の為にルーファスが価値を見いだしているのだろう。
自分が知らない自分の価値。もし切れる札があるとするならこの辺りか。しかし、それもルーファスが必要だと考えている自分に与えられた価値の内容知らねばならない。そのためにはルーファスの策に乗るしかない。
ここで彼の策に乗れば、悲願であった件の真相を知ることができる。強烈な誘惑だ。同時に彼の賭けの片棒を担がなければらなくなるのは明白。確実に勝てる賭けであれば乗ることは吝かではない。
だがその可能性は非常に少ないように思えた。勝ち目のない賭けをしたくはない。もし失敗したら全てを失うことになる。今の地位と職を手に入れるために払った努力と時間が全て無駄になるのだ。しかし、それだけの努力と時間を払った理由は全て、事件の真相を暴き、関わった者に然るべき断罪を受けさせるためであった。
未来の生活を取るのか、それとも過去の願望を取るのか。
忘れていいのだと、いつまでも囚われる必要はないのだと彼女はかつてそう言った。それは酷く甘い誘惑であると同時に身を切るような痛みを伴った言葉であった。
忘れるのか。今更逃げるのか。このために生きてきたのに?
呪いのようでいて、しかし酷く心地よい。
復讐だ。それが成せない自分に存在価値などあるだろうか?
今まで全てを犠牲にしてきたと言うのに?
今更破滅するかも知れないなど考えても仕方のないことではないか?
どの道復讐に成功すれば破滅するのだから