乱気流に巻き込まれた航空機。激しく揺れる機内の通路に、キャビンアテンダントの女性が少し慌てたような感じで飛び出して来た。

CA「お客様、お客様の中にお医者様の方はいらっしゃいませんか!?」

‥何かあったのだろうか?

機体が激しく揺れる度に、女性CAの体も右に左に大きく振られていて、歩くだけでも精一杯という感じだ。

『どちらかにお医者様はいらっしゃいないでしょうか!?』

女性CAが再度、乗客に向かって呼びかける。

実は私は医者なのだが‥今は非常に疲れていて出来れば面倒な事には関わりたくない。

しかし‥このまま放って置く訳には行かないだろう。

やむなく、手を挙げかけた時‥

若い男「僕は医者です!」

一人の若い“情熱に溢れたような”男性が私よりも先に手を挙げた。

女性CAが男性に何やら耳打ちをし、やがて二人は通路の奥に消えた。

ヤレヤレ‥。

ところが、それから幾らも経たない内に、先程の女性CAがまた通路に顔を出したかと思うと、これまた先程と同じ呼びかけを始めた。

女性CA「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」

急病人か怪我人が出たのは間違いない。それにしても…医者一人では手に負えない程の重篤な事態なのだろうか。

気力も集中力も全くない今、シリアスな事態には本当に関わり合いたくないのだが…

すると今度は、私の前方の席に座っていた四十代ぐらいで銀縁の眼鏡を掛けている“如何にもデキそうな”女性が立ち上がった。

デキる女「私は聖〇〇病院で外科主任を勤めています」

そして二人は先程と同様に通路の奥へと消えた。


助かった‥。

ところが、ホッとしたのも束の間‥三たび、女性CAが通路に現れたかと思うと、案の定、例の呼びかけを始めた。

女性CA「どなたかお医者様はいらっしゃいないでしょうか!?」

‥五秒待とう。五秒待って誰も手を挙げなければ……

五‥四‥三‥二‥一

……

私「はい‥私‥医者です」

仕方なく立ち上がった私に、女性CAがフラフラした足取りで近付いくる。

私「何かあったんですか?」

女性CA「実は、乱気流のせいで具合が悪くなられたエコノミークラスのお客様がいらして‥それでお医者を探しているのです」

私「‥かなり危険な状態なのでしょうか?」

女性CA「あ、いえ‥意識もはっきりしておられますし、それほどでは無いかと」

私「しかし、それなら‥先程行かれた二人の医師で十分だと思うのですが」

すると女性CAは、何やら少し口籠もったような感じで言った。

女性CA「それが…若い男性のお医者様が通路の途中で転倒して頭を打って気絶してしまったのです」

‥転倒。まあ、この激しい揺れなら‥。

私「あ、でも‥そしたら、二番目に行かれた外科主任の方で十分対処出来るハズかと」

女性CA「それがですね…」

私「何です?」

女性CA「二番目の如何にもデキそうな女性のお医者様が、転倒して気絶している最初の情熱タイプの男性のお医者様に蹴つまずきまして‥それで転んで気を失ってしまったのです」

すると何か?

医者は二人とも患者に辿り着く前に勝手に転んで気絶したのか?

どれだけ険しい道のりなのだろう!

私はクラクラして目の前が少し暗くなってきた。


女性CA「そういう事情ですので、お客様には三人の患者さんを診て欲しいのですが‥お願い出来ますでしょうか?」

流石に名乗りを上げた以上、協力しない訳にはいかないだろう。

私「判りました、協力しましょう」

女性CA「ありがとうございます!では、あちらへ‥」

私「あ、ちょっと待ってください」

女性CA「え?」

私「その前に‥私の方からも一つ、呼びかけをさせて貰っていいですか?」

女性CA「え、あ、はい‥それは構いませんけど」

私は座席にしっかりと掴まり立ち上がると機内を見渡しながら言った。

私「スミマセーン!誰かお医者様いらっしゃいませんか!?‥あ、現役でなくても構いません!」

すると、白髪に白ヒゲを生やした山羊顔のお爺さんが一人手を挙げた。

山羊爺「わしゃ去年まで開業医じゃったが…どうかしたのかね?」

私は言った。

私「いえ、今のところはまだ……でも、念のため心の準備だけはしておいて下さい」

山羊爺「…はあ?」

取り敢えず、次の医者が居る事が確認出来たのは安心事項だ。

私「では‥行きましょう」

乱気流で大揺れの機内。私は、最果てのエコノミークラスへと続く苦難の通路に恐る恐るその足を踏み出した‥。


〜終わり〜

おまけのエピローグは次ページに♪