2023-11-11 11:30
推定無罪(ビトロズ)
パシオ島内、商店街。
明るい日差しの差し込む中、休日のどこかのんびりした空気を吸い込むように、レンガ道を歩いている時だった。
「えっ……ろ、ローズ委員長……!?」
「んん?」
後ろから突然呼ばれて、思わず振り返る。
この場所にやってきて少し経ち、かつての知り合いや新しい相手との関係を築き始めてきたものの、今の声は、その誰でもなかったから。
「きみは……ビートくんじゃありませんか」
「や、やっぱりローズ委員長……どうして、このパシオに」
「うん? そういうキミこそ、ジムチャレンジの途中じゃないのかい?」
「え……ジム……チャレンジ……??」
問いかけ返すと、ビートはぽかんと大口を開けて固まった。
理解が追いついていない、といったその様子に、ふと先日、ダンデたちと出会ったときの反応を思い返す。
「あー……もしかして、きみもわたくしが牢屋の中にいるはず、って思っていたのかな」
「……! そ、そう、ですが」
「うーん、やっぱりね。タイムパラドックスというか、世界のゆがみ、というべきか……えぇとね、わたくしは、きみが考えているローズとは違うんですよ」
「……どういう、こと、ですか」
ビートは、あっけにとられていた顔をキッとするどく変えて、こちらを見た。
そのまなざしには戸惑いもあるものの、状況を冷静に分析しようとする聡明さも見える。
いつぞや目にした、幼い頃特有の危なっかしさのようなものは消えて、しっかりと芯の通った清廉さに変化しているようだった。
「意見のすりあわせが必要だね。ちょっと、そこのカフェでお話でもしましょうか」
笑顔で笑いかけると、ビートは大きくまるく目を見開いて、コクリ、と小さくうなづいた。
「なるほどねぇ」
ひととおりビートからの話を聞き終えて、眉間をグニグニと揉んだ。
「ダンデくんやユウリくんが、どうしてあそこまで必死になっていたか、なんとなくわかったよ」
ふぅ、と頬杖をついて、テーブルの上の紅茶をスプーンでかきまわした。
浮かべられた輪切りのレモンが、クルクルと回る。
「ぼくとしては……そんなイベントが起きていたのに気づかなかったという方がショックですが」
「きみはどこにいたんだい? 街頭モニターにも、大々的に放映されていたはずだけど」
「ちょっと別所で、バトル狂にからまれていまして……そっちの対応に手いっぱいだったんですよ。だから、知らなかった……!!」
ビートはくやしそうに歯噛みして、バン、とテーブルをつよく叩く。
その手首にきらりと金時計が光るのが見えて、一瞬、息をのんだ。
「……ローズさん?」
「あ……ああいや、なんでしょう?」
「えぇと、その、今の話……信じていただけるんですか?」
「え?」
彼は言いにくそうに口ごもって、自らのアイスティーのマドラーをつついた。
「自分で言うのもなんですが……その、突拍子もない話でしょう。この世界では、あなたは大事件を起こして、捕らえられている……なんて」
カラカラと、アイスティーの氷が涼しい音を立てる。
グラスのふちについた水滴が流れていくのを眺めつつ、そうだなぁ、とつぶやいた。
「ブラックナイトを起こすのは、確かに計画していたしね。そこまで詳しくきみが話せる……ということは、きっと本当に実行したんでしょう」
ギリギリまで追い込まれたら、自分ならやるだろうな、という確信もあった。
昔、弟に言われたこと。今回、ダンデに指摘されたこと。よかれと思ったときに強引な手段に出てしまうのは、どうにも治せない、自分の性格のようだった。
レモンティーをひと口含んで、息をつく。さんさんと降り注ぐ日差しが、なんともきまり悪かった。
「ガラルは……エネルギー問題は今、大丈夫なんですね?」
「……はい。あなたの、決死の覚悟と引き換えに」
「なるほど。いやはや……最初、わたくしが捕らえられたと聞いたときには、なんの冗談かと思ったけれど」
今の話によれば、この世界のどこかには、もうひとりの自分がいるということになる。
ドッペルゲンガーが投獄されている、というのは、なんとも実感がわかない、不思議な感覚だった。
「それにしても……立派になりましたねぇ、ビートくん」
ツッ、と視線を目の前の青年に移動する。
落ち着いた、という第一印象の通り、自分の知っている猪突猛進なビートとは、だいぶ雰囲気がちがう。
この少年が、今はフェアリージムのジムリーダーというのも、なんとも不思議だった。
「ローズさん、パシオの町は周り終えましたか?」
「ん? いや、仕事をしながら、だからまだ全然ですよ」
ガラル地方のマクロコスモス社には優秀な社員がそろっているし、さほど心配する必要はない。しかし、最終決裁が必要な案件の審査や承認、関連会社から送られてくる提案の数々など、この地でやらなければならない作業も多かった。
とはいえ、今日は祝日だ。だから、秘書のオリーヴには休むよう伝えてあるし、午前中にだいたいの仕事も終えている。
「そ、その。ボクが、もしよろしければご案内しますけど」
「え、いいのかい?」
「……まぁ。これから、パシオのメイン街へ買い物へ行こうとも思っていましたし」
ビートは、やや照れたようにプイッと顔をそらしつつも、うなづいた。
「じゃあ、お願いしようかな。わたくしも、ビートくんがどういうものを買うのか気になるしね」
「え……ぼく、ですか?」
「ええ。若い子がどういうものに興味を持っているか知る、いいチャンスですしね」
先日、ダンデには『あなたには他者を否定するところがある』なんて痛いところを突かれてしまった。
若い人の感性を、少しずつでも取り入れていかないと。そのつもりで答えると、ビートは一瞬の喜びの表情から、ブスッとむくれた顔になり、
「ぼくは流行りものには興味がないので、参考にはなりませんよ」
「ふふっ。本当の流行というのは、気づかないうちに乗ってしまっているものですよ。さ、街の方へ行こうか」
「あ、ローズさん、ちょっ」
と、チップとともにサクッと二人分の清算を済ませると、上機嫌で立ち上がる。あとを追うビートが、焦った表情で後をついてくるのを、ニコやかに見守りながら。
「あー……もしかして、きみもわたくしが牢屋の中にいるはず、って思っていたのかな」
「……! そ、そう、ですが」
「うーん、やっぱりね。タイムパラドックスというか、世界のゆがみ、というべきか……えぇとね、わたくしは、きみが考えているローズとは違うんですよ」
「……どういう、こと、ですか」
ビートは、あっけにとられていた顔をキッとするどく変えて、こちらを見た。
そのまなざしには戸惑いもあるものの、状況を冷静に分析しようとする聡明さも見える。
いつぞや目にした、幼い頃特有の危なっかしさのようなものは消えて、しっかりと芯の通った清廉さに変化しているようだった。
「意見のすりあわせが必要だね。ちょっと、そこのカフェでお話でもしましょうか」
笑顔で笑いかけると、ビートは大きくまるく目を見開いて、コクリ、と小さくうなづいた。
「なるほどねぇ」
ひととおりビートからの話を聞き終えて、眉間をグニグニと揉んだ。
「ダンデくんやユウリくんが、どうしてあそこまで必死になっていたか、なんとなくわかったよ」
ふぅ、と頬杖をついて、テーブルの上の紅茶をスプーンでかきまわした。
浮かべられた輪切りのレモンが、クルクルと回る。
「ぼくとしては……そんなイベントが起きていたのに気づかなかったという方がショックですが」
「きみはどこにいたんだい? 街頭モニターにも、大々的に放映されていたはずだけど」
「ちょっと別所で、バトル狂にからまれていまして……そっちの対応に手いっぱいだったんですよ。だから、知らなかった……!!」
ビートはくやしそうに歯噛みして、バン、とテーブルをつよく叩く。
その手首にきらりと金時計が光るのが見えて、一瞬、息をのんだ。
「……ローズさん?」
「あ……ああいや、なんでしょう?」
「えぇと、その、今の話……信じていただけるんですか?」
「え?」
彼は言いにくそうに口ごもって、自らのアイスティーのマドラーをつついた。
「自分で言うのもなんですが……その、突拍子もない話でしょう。この世界では、あなたは大事件を起こして、捕らえられている……なんて」
カラカラと、アイスティーの氷が涼しい音を立てる。
グラスのふちについた水滴が流れていくのを眺めつつ、そうだなぁ、とつぶやいた。
「ブラックナイトを起こすのは、確かに計画していたしね。そこまで詳しくきみが話せる……ということは、きっと本当に実行したんでしょう」
ギリギリまで追い込まれたら、自分ならやるだろうな、という確信もあった。
昔、弟に言われたこと。今回、ダンデに指摘されたこと。よかれと思ったときに強引な手段に出てしまうのは、どうにも治せない、自分の性格のようだった。
レモンティーをひと口含んで、息をつく。さんさんと降り注ぐ日差しが、なんともきまり悪かった。
「ガラルは……エネルギー問題は今、大丈夫なんですね?」
「……はい。あなたの、決死の覚悟と引き換えに」
「なるほど。いやはや……最初、わたくしが捕らえられたと聞いたときには、なんの冗談かと思ったけれど」
今の話によれば、この世界のどこかには、もうひとりの自分がいるということになる。
ドッペルゲンガーが投獄されている、というのは、なんとも実感がわかない、不思議な感覚だった。
「それにしても……立派になりましたねぇ、ビートくん」
ツッ、と視線を目の前の青年に移動する。
落ち着いた、という第一印象の通り、自分の知っている猪突猛進なビートとは、だいぶ雰囲気がちがう。
この少年が、今はフェアリージムのジムリーダーというのも、なんとも不思議だった。
「ローズさん、パシオの町は周り終えましたか?」
「ん? いや、仕事をしながら、だからまだ全然ですよ」
ガラル地方のマクロコスモス社には優秀な社員がそろっているし、さほど心配する必要はない。しかし、最終決裁が必要な案件の審査や承認、関連会社から送られてくる提案の数々など、この地でやらなければならない作業も多かった。
とはいえ、今日は祝日だ。だから、秘書のオリーヴには休むよう伝えてあるし、午前中にだいたいの仕事も終えている。
「そ、その。ボクが、もしよろしければご案内しますけど」
「え、いいのかい?」
「……まぁ。これから、パシオのメイン街へ買い物へ行こうとも思っていましたし」
ビートは、やや照れたようにプイッと顔をそらしつつも、うなづいた。
「じゃあ、お願いしようかな。わたくしも、ビートくんがどういうものを買うのか気になるしね」
「え……ぼく、ですか?」
「ええ。若い子がどういうものに興味を持っているか知る、いいチャンスですしね」
先日、ダンデには『あなたには他者を否定するところがある』なんて痛いところを突かれてしまった。
若い人の感性を、少しずつでも取り入れていかないと。そのつもりで答えると、ビートは一瞬の喜びの表情から、ブスッとむくれた顔になり、
「ぼくは流行りものには興味がないので、参考にはなりませんよ」
「ふふっ。本当の流行というのは、気づかないうちに乗ってしまっているものですよ。さ、街の方へ行こうか」
「あ、ローズさん、ちょっ」
と、チップとともにサクッと二人分の清算を済ませると、上機嫌で立ち上がる。あとを追うビートが、焦った表情で後をついてくるのを、ニコやかに見守りながら。
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