[utpr]春の話11、皐月の母、そして父。

[観察日記]
■皐月の母。そして父。


 母親の事を調べた時の話。
「屋根より高いこいのぼり」
 大きな真鯉はお父さん。小さな緋鯉は……こどもたち。あれ?お母さんは?

 おかあさんの味はにくじゃが?俺はカレーだよ!肉じゃがも好きだけど。そういえば肉じゃがとカレーっ食材ほとんどおなじじゃん。

 家って、父親と母親がいて、自分がいる。兄弟がいるかもしれない。おじいさんやおばあさんもいるかもしれない。それだけでは幸せだとは言えないことも知ってる。中学の時、その人たちに囲まれても、淋しそうな友達もいた。みんなが放課後遊び回るときに、帰らなきゃっていつもいなくなる子。

 母が養母であったと知って、気持ちも徐々に落ち着いてきたら、自分の実の両親は本当に存在するのか、それは知りたくなった。
 お前がいるからまだ生きてるか、生きてたかのどっちかなんだよ。カンちゃんたちにそんな風に言われて、コウノトリ運んできたんじゃあるまいし、ポコッと生まれたわけじゃないんだって、そこまでは分かったけど。実際に見たことないんだからわかんないよ。
 本当に知りたいの?施設の先生と、児童相談所の人から言われた。
 会いたい?そうかな。いるってわかったらそう思うかもしれない。大人の人たちは難しい顔をしたが、話してくれた。

 調査して分かっていることは、俺の母親は飛行機の墜落事故のあって、それはどこかの国の砂漠に落ちたってこと。あの空を飛んでるやつでしょ?空から落ちるから、それは助からないの、仕方ないよ。俺、木から落ちてもすごく痛かったんだから。
 父親は、母親がそもそも一人で出産したから、父親は自分が父親になったなんて、知らないんじゃないかなってこと。
 養母の葬儀の時に自分の周りにいた人たちも、俺を知らないし、俺もこの人たちの事何も知らない。
 なら、生きている可能性があるのは父親だけだ。突然俺が目の前で「おとうさん」って呼んだらびっくりするかな。
 その報告をしてくれた児童相談所の人が、ぎゅっと俺を抱きしめてくれた。
 別に悲しいわけじゃないよ。そうだと思う。会ってみたい、とは思うけど、よくあなたは父親母親どっちに似てる?って話あるじゃん?俺の顔を見て、それに気付いてくれるのかなって。それに、もしかしたら、その人は今も一人で、自分が父親になったってことも知らないままなのかもしれない。 そう思うと少し悲しかった。


 こいのぼりのうた、二番もあるんだね。
 緋鯉がお母さんで、真鯉がこどもたち。
 よかった!





[utpr]春の話10、夢を見るときは。

[観測日記]
■夢を見るときは。


この魔物が来ると分かっていた。
ひたひたとフローリングを踏む足音。
ズルズル床を這う布の音。
今日はまん丸月夜で、カーテンを閉めても部屋の中の景色が見える。
一人の部屋。
俺一人だけが息をしている部屋。
冷蔵庫に耳をくっつければ、モーター音。
玄関に耳をくっつければ、道を滑るタイヤの音。
バスルームの付けっ放しの換気扇。
ぴちょん。
びっくりした。
シンクに浸けっ放しの器に落ちた水の音。
びっくりするから、もう聞きたくなくて、蛇口を目一杯捻る。
カチリ。
今度は何。
見回した部屋に赤い目玉。
デッキが録画を始めた音。
テレビをつけようか。
煩いぞ、なんて言われないし。
眠らなきゃ。
俺があるくと一緒についてくる白い尻尾。
だからこんなに身体が重たいんだよ。
はなれてよ。
月夜だからいるの分かるんだから。
お前がいるって。
ズルズルうるさいなぁ。
静かだから聞こえてしまう。
静かだから煩い。
ならばいっそ雨の音がほしい。
土砂降りの雨。
それこそ月も流されちゃうくらいの。
雨が降れば外は真っ暗で、何にも見えなくて。
ここがどこかもわからなくて。
ずっと五月蝿くて。
一人だなんてわからなくなって。
あれ、俺誰と話してたっけ。
そこら中水浸しになってて。
お前も濡れちゃえ。
こんなに降って屋根まで崩れそう。
窓の外は海のようだし。
あれ、危ない。
窓に亀裂がはいっちゃった。
パリンって音がした。
あ、ダメダ。
真っ黒な大きな口が押し寄せてくる。
痛いかな。
家の中、どうなっちゃうんだろう?
玄関も無くなったの?
なんだろうこれ。
どこまでいくんだろう?
あれ?でもあそこなんだ光ってる?
なんだろうこれ。
星?
明日も仕事なのに。
やだなぁ。

 チカチカと光っていたのは、スマホの通知ランプだった。
 見渡せばソファの上に丸まって寝ていたらしい。
 少し肌寒さを感じて身体を丸めるが、たいして効果もなく。
 二度寝する気にはなれず、どうしようかと見渡せば、カーテンの裾から見える薄白い青が、朝の訪れを知らせていた。
 予定より早い時間に目が覚めて、体に良い睡眠ともいえなかったから気だるさが身体を覆う。
「うーん、でも二度寝はやめといたほうがいいよね」
 起きられる自信がない。ふぁ、と欠伸が出るが、動けばなんとかなるだろう。朝から自転車でどこか走ろうかな。
 カーテンを開けて窓を確かめれば、もちろん割れてなどいない。
「いや、二度寝っていうか……俺ベッドで寝たはずだけど。そっちのが夢だっけ?どっちだ?」
 夢遊病の類いじゃん、あの夢。
 まだまだなれない、本当の一人暮らし。
 事務所の寮は、部屋は一人だったけど、みんな居たから。

 そういえば、何か連絡が来ていたのだろうか。
 通知の元を辿り、四角い画面にが浮かんでいた光景に小さく悲鳴をあげた。
『おおよそ寝ぼけて送っているのだと思いますが、私がたまたま今から仕事で、起きているので寛大に処理しますが。これで、寝ているのを叩き起こされた時には、覚えていてください』
 トキヤのLINE画面には、翔との間でブームになっている、漫画のスタンプが唐突に送られていた。もちろんそんな記憶は、ない。
『身内だから良かったものの。携帯を持って寝ないよう、気をつけて下さい』
『ちゃんと寝てくださいね。おやすみなさい』
 1時間前の返事。

 身内、という言葉に、おやすみと、いわれて。いてもたってもいられなくて。とりあえず顔を洗いにいった。
 ああ今すぐトキヤに会いに行きたい。
 でもすぐには行けない。
 誰だよそんなことしたの。俺だね。
 身内って、俺とお前は付き合ってて、恋人同士なんだけど、身内、身内かぁ。よく言う言葉だけど、トキヤに言われると変な感じ。もしかしてここ、自分だから良かったって言おうとした?言っていいのに。言って欲しいのに。そんなわけないか。今から仕事だって言ってるから、今も起きてるだろうし、きっと心配もしてくれてた。最初のメッセージから、二つ目までの間が11分。きっと考えてくれてたんだ。


『そんなことだろうと思いましたが。以後気をつけなさい』
 まずはご心配おかけしました、と、恭しく謝りを入れたら、すぐに電話が掛かってきた。どうやら出勤の途中らしい。
「ごめん……今度から気をつけます。あ、それと!おはよう、トキヤ」
『おはようございます。今日はいい天気ですよ。桜も綺麗に咲いています。顔を洗って。早起きは三文の得と言いますからね』
「そうだね。お互い、今日も頑張ろう!」
 三文の得。そうだね!朝からおはようって言い合えて、今日はきっといい日になる。



「歩いてたと思ったら家が水にのまれて。でもすごく綺麗だったんだ。でもあれ夢なのか夢遊病なのかわかんなくて。ベッドで寝てたのが夢なのか。起きたらソファーで寝てたんだよ」
「今日は泊っていきなさい。そうしなさい」





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