「あ、トキヤ〜」
「……あなた、まさか」


俺を見たトキヤは、状況を理解したみたい。眉間にシワがよって、怪訝な顔をした。
そうだね。降水確率90%の日に、今こうして店先の軒下で雨宿りをしているのだから。傘を持っていないのは明白だ。「天気予報を見ていないんですか」「そもそも空模様だけでわかるでしょう?」と、続く候補が沢山思い浮かぶよ。
違うんだ。いや、違う訳じゃないけど、俺が家を出るときちょうど雨が止んでて、空から天の梯子が降りてきていた。
それは今日一日で、本当に僅かな時間だったけど、「今だよ、いいことあるから出ておいで!」って手を引かれるような気持ちだったんだ。ドキドキするよね、あれを見ると。
そしたら、持って出るの忘れてた。

運がいいのか悪いのか。
でかけたその瞬間は雨を知らず、途中から降り出したけど、外を通らず行ける場所だったから、傘は要らなかったんだ。だから、帰りももしかしたら!って思ったんだよ。実際、さっきまで小さな雨だったし。
仕事終わりにトキヤと食事する予定だったから、次の目的地まで、空を見上げながら歩いていた。
今にも泣き出しそうな空模様に、あと少しだから、まだだめだからね〜!ってお願いしたけど。
それは俺の時間の都合で、もっとずっとそうあって欲しいと思う人もいるだろう。でも、反対に、世の中には今雨が降って喜んでいる人もきっといる。
天気って難しいね。
そう思っていたら、眉間にピチッと大きめの粒が当たった。


運がいいのか悪いのか?
もう少ししたら合う予定だったトキヤと、こうやって偶然ばったり会えたから、運がいいよね。
トキヤと合う予定の時間まではまだ少しあったし。雨宿りして、もしもどうしょうもなくなったら、走っていこうって思っていました。そう伝えると、
「私に連絡するという選択肢は?思い浮かびませんでしたか?」
「トキヤに?あ、そっか」
傘を買ってきてって頼めばいいのか〜って言うと、なんだか一瞬難しい顔をした。ちゃんと後で払うよ?そういっても、何だか違うみたいな感じがするけど。
「その連絡がありませんでしたから、生憎傘は今一本です」

トキヤに会うまで、行き交う人を見ていた。
みんな天気予報をしっかり確認していたみたい。色とりどりの傘が広がる。
傘の下って、小さな世界ができているね。
紙袋を濡らさないように大事に抱える人。贈り物なのかもしれない。
お気に入りの服が汚れた〜という子に、今日着てくるからだよ、と言い返すカップル。
スーツ姿の姿の男の人が、物凄いスピードで走っていく。電車がバスが遅れたのかな?
笑顔の人はいない。みんな不安そうに足取りを気にしながら目的地を目指す。
小さい子どもを、抱えたお母さんもいたね。雨に濡れないように、自分の服をかけて、傘をさす。

だから。
「ね、トキヤ!一緒に入れて!」
俺が傘持つからさ!
傘の下は二人で入るには狭すぎるけど。
ため息をついて、「どうぞ」と低く唸るトキヤ。
トキヤの傘は、しっかりしている。黒くて、持ち手は木で出来てる。持ち手の手馴染みが良くて、これを長年使っているんだろうな〜って感じる。
トキヤのそういうところ、凄く好きだよ。
なんでも大切に丁寧に扱う。
大切に使われていると、そのものが教えてくれる。
さらりとした木肌を感じ握ったのもつかの間、ひょいっと取り上げられて、代わりにトキヤのカバンが腕の中に押し付けられる。
「大切なCDが入っているので、ちゃんと抱えていてくださいね」

黒い傘の下は、少し早い夜を感じる。
俺のよく使うビニール傘みたいに、雨を遮っているけど、雨を感じるのとはちがう。どっしりとした、落ち着きがあった。
布張りに落ちた雨粒の音も、どこか優しい気がする。
何だか楽しくなって、鼻唄を歌っているけど、トキヤは何も言わず、聞いてくれているみたい。
どうしてだろう。
眉間に皺を寄せてたのに。
わからないけど、俺は嬉しい。


雨の日、傘の下、笑顔になる人はきっといるよ。
先の空が少しずつ明るくなっている。もう少しだけこの時間を続けたいなって、さっきと真逆のお願いをしちゃってるから、神様も知らないって言うかも。
人に天を操作する力がなくて、本当に良かった。



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とある雨の日。
時間軸はわかりません。多分デビュー前くらい。
今日日雨雷の天候。
昔から傘を指す人のシルエットなどたまらなく好きですね。雨の日は特に、必要に迫られた人と傘の関係が明確なので、想像するには楽しいです。
などと思い耽り喫茶店でのんびりしながらポチポチしてます。