トキ音オンリーさんワンドロ
8月のお題「添い寝」
SNSの方は大大大遅刻なので、ここでそっと上げさせていただきます。
「Key」の系譜話となってます。





『添い寝』

『トキヤのベッドってどうしてこんなに気持ちよく眠れるんだろう』
持ち主より先に布団に入り、持ち主より後に寝癖をつけながら起きた男は、至極真面目にそういった。



安心して眠ることができるといわれて、嬉しいと感じたことも確か。
彼にとって安心できる場所であることは、自分の存在を、今の関係を、許されている気もした。
もとよりデビューし、お互い寮を出て一人住まいをしている。近い場所にいた。同室であることも、寮での生活も。それが今は、遠くはないが、近すぎもしない場所でお互いの帰る場所を得た二人だ。
とはいえ、互いの家を行き来することは多い。
仕事柄としても。名目上、自分達は恋人としても。


しかし、あまりにも気持ちよさそうに、掛け布団を抱き枕のようにして眠る姿を見て、幾分面白くなさを感じたのは、今。
自分が入れるように半分スペースを空けていることは褒めるが、掛ふとんは見事に譲る気はないらしい。

好きな人といたらドキドキする。
なんていうのに、この緩みっぱなしの口は言っていたはずだが、安心しきったこの寝顔からは、ドキドキしているようには一切感じない。

「寝込みに手を出されることなんて、一切考えていないでしょうね」
まだそういった関係には至っていない。
口づけを交わすことは多くなったが、その先となるとまだ踏み出せずにいる。ベッドの上といえばそう言った想像もするだろうに。
人のベッドの上で気持ちよさそうに眠っている男の、ふにゃりと緩んだ寝顔。
まったく、何をにやけているんですか。
私がそばにいるというのに。夢の中のそれの方がいいのですか。


「こっちに、…おいでよ」


不意に聞こえた声にドキっとする。
しかし、その後聞き取れない何かをもごもごと口から唱え、また寝息が聞こえる。
「誰を呼んでいるんですか、まったく」
答えてしまって、はっとする。またやってしまった。
夢には答えてはいけないと言うのは都市伝説のようなものだが、せっかく眠りについているものを起こすのも心苦しい。
しかし、おいでと呼ぶソレが自分以外なら、これは大問題だ。私のベッドで一体どんな夢を見ているのか。
「まったく、その夢には誰がいるんですか」
安心して眠れると言う割には夢を見ている。良質な眠りではないじゃないか、と思うが。寝顔は変わらずおだやかだった。
いい夢を見ているなら、それは悪くは取らなくていいのだろう。


同室の時は、寝顔を見ることも当たり前だった。自分が仕事から帰る頃にはいつも布団の中の住人だったのだ。

『おいていかないで』
かあさん。
本当に、夢を見ながら泣く人がいるのだと、知った。
夢の中の彼は、きっと在りし日の母親に手を伸ばしたのだろう。
おいていかないで、と寝言を言う彼に、小さな自分の姿を重ねたこともある。
それが、今は幸せそうに誰かを呼ぶ。
そうなった側に、己の存在があるのだと思えば、寝顔を思い考えてたこと全てが、どうでもよくなった。
単に、寝る前にあれこれ考えるのも疲れたのだが。


体を寄せ合ったら、一つになったら、その夢を、私も見ることができるのだろうか。
夢の中でさえも、会いたいと願うなど、自分がこの男にどれだけ飢えを覚えさせられたのだろう。
瞼に一つ口づけをして、自分もそばに入る。二人が眠ることを想定して買ったセミダブルのベッドは、余すことなく全てを受け止める。
体を寄せれば、温かい鼓動が聞こえてくる。
おいでよと、いうとおり、眠りを呼ぶ。