『サボテン』




朝起きると、ベッドの上を、手が彷徨う癖がついてしまった。

「今日は俺の家」

正確には、俺一人の俺の家。
ベッドがいつもより冷たく感じるのは、慣れた温もりが側にいないからか。
外から聞こえるザァザァという雨音なのか。
スマホの時計を見ると、いつものこの時間にしては暗い。

日中は相変わらず猛暑日が続くのに、朝夕は少し肌寒さを感じるようになったこの季節。
昨日の夜に回した洗濯物を干さなきゃいけないのに、この調子だと渇きも悪いだろうな。もういっそまとめて洗ってランドリーに持って行った方がいいかもしれない。

動く為の今後を考えても、まだ布団の中で一人暖を取ろうと試みる。

トキヤのベッドの方がよく眠ることができる。そう感じてからなおのこと、冷たい空間を温めようともがく。

一人暮らし。本当の一人暮らしが始まって、まだ慣れたとは言い難い。
施設にいた頃は4人で一部屋だったし。早乙女学園に入っても、同室のトキヤと一緒に過ごした。マスターコースの寮も、その後暮らした寮も、近くに誰かの気配を感じることができた。
でも今は違う。
自分一人で起きて、食事をして、洗濯したりお風呂に入ったり。散らかったら片付けたり。
一人部屋って憧れていたこともあるけど、ただ自分のためだけに用意された物たちに、どこか馴染めないでいる。
片付けも、他の誰かがいるから散らかっているって思うんだ。自分では何がどこにあるかわかるのに、それをどうこうしなくてもいいとは思ってしまうけど。服がその辺に積まれていても、俺はそこに何があるって大体わかるから。
思い出のいっぱい詰まったものが目に届くところにあった方が、安心する。
『服は洗濯したらすぐに干しなさい。痛みますよ』
『なんですかこの箱は』
トキヤが来た後は、少しスッキリするんだけどね。
時折俺よりトキヤの方が、俺の部屋のことを知っている。
これって、いつか慣れる時が来るのかな。
ゴロリと寝返りをうって、どうにかぬかるむ思考を振り払おうとした時、視界に入ったサボ太にはっとする。
「ごめんね。一人だって言って。お前もいるのにね。」
トキヤみたいにベランダで植物菜園なんてものはできなくても、ずっと一緒にいるのはサボテンの「サボ太」だ。
「おはよう。今日は天気悪いみたいだね」
いつもそこから見てるか。
俺よりこのウチの主かもね、お前。
でも、こうやって誰かに(何かに?)挨拶をすると、意識が覚醒してきた。挨拶って切替スイッチなのかもしれない。
あれ?
あ!

サボ太に小さく蕾がついていた。

春にトキヤが子株を丁寧に取ってくれた。
せっかく成長する子株を取り除くのは心苦しいと思っていたけど、あまりにも増えてきてどうしようかなと思っていたら、
『心苦しくはありますが、一つを育てるために、間引くことも必要なんです』
その分綺麗な花を咲かせてくれるかもしれませんよ。そういう悲しい作業をお願いしちゃったもんね。
「うわっ、全然気づかなかった。ごめんねサボ太。トキヤに知らせとこ!」
そうとなると、ベッドに張り付いていた身体はいともたやすく剥がれる。
写真を撮って、メッセージアプリに載せる。
いつもはスタンプで挨拶をおくるが、今日は言葉にしたかった。
「『おはよう!今気づいたけどサボ太に…』」
言葉を打ち込む間に、写真には既読の文字がついた。このメッセージの先で、トキヤは起きて、一緒にサボ太を見ているんだな、なんて思っていたら顔がにやけてしまった。
サボ太はあきれてるかな?
メッセージを送ったらすぐに返事がきた。

「『おはようございます。良い朝ですね。サボ太さんにもお伝えください』……だってよサボ太!」
また通知の音が入る。
起きているなら、今から俺の家に寄ってもいいかって。雨でタクシーを使うから、ついでに俺が頼んでた物持ってきてくれるって……。

「あっ!洗濯物…!あてっ!」
慌てなくてもいいのに、扉にぶつかってしまった。その様子を見ていたサボ太に『トキヤには黙っててね』と恥ずかしさを覚えながら、お願いした。





別に意識したつもりは無いんですが、雨の日のサボテンって、ポ……グラフィティさんの曲が頭の中に残っていたのでしょうか。内容は全く関係ないのですが。サボ太さんの近況を知りたいです。
音也一人暮らし慣れてないだろうな、を擦りまくっています。早く同棲して。