追記はアルヴィンとジュードくん小話。
格好良いとか可愛いアルヴィンは居ません。迷走屑ヴィン度が高いです。
2012-1-25 12:26
ジュード
「何か食べたいものある?」って青少年に聞かれたから、「ピーチパイ」って答えてやった。少し困ったように笑いながら「手持ちの具材じゃ出来ないよ」と言われた。当たり前だ。おおよそ根野菜とわずかな肉でピーチパイが作れるのならそれは錬金術や魔法遣いの類いでしかない。作れないとわかっているからそう答えたんだ。誰かが作るピーチパイなんて食う気にもならない。あの人の味しかしりたくない。それからしばらくして星空の下、旨そうなシチューの匂いが鼻孔を擽る。
「はい、ピーチパイ」雨風をしのぐためにとった安価の宿屋で俺の目の前にそういって置かれた、ピーチパイ。「この前食べたいって言ってたから、作ってみたんだけど」ただじっと黙って見つめる俺の様子に不安になってきたのか、すぼんでいく言葉は耳に入らず、目の前にあるものを呆然と眺めていた。母さん、レティシャさん。頼むから違っていてほしい。それでも、この少年が作る料理がどれほど旨いものなのかは短い付き合いでも分かったものだ。一口、切り取ったパイを口に含んだ。旨い。だけど身体が拒絶する。
「旨いな」そう口にすると、青少年は「そ。よかった」といつになく素っ気ない返事を寄越したが、頬の紅味が増したのだから、俺の言葉は彼の意にそったものだろう。俺の分を何切れか置いて「うまくいってよかった。厨房を貸してくれた女将さんにもおすそ分けしてくるよ」「俺は毒味かよ」「そういわないで」笑いながら部屋を後にした姿に吐き捨てたい。こんなもの、食っていられるかよ。母が俺の為に作ってくれた甘い甘いピーチパイ。彼の作ったピーチパイは甘さも焼き加減も全然違う。そして旨いときたもんだ。
残されたパイを腹に詰め込むべきか、捨てるべきか、それが目下の迷い所。彼は泣きそうに歪んだ己の顔には気付かず途方に暮れていた。