in a riverside
なあ、ちょっとばっかし俺の独語に耳を貸してはくれないか?
俺はつい最近まで実をいうと死っていうことがあまり実感できていなかったんだ。家族は俺以外死んじまったのに、な。父さんや母さん、妹が死んだと知ったときは既に空っぽの棺が用意されていた。テロに遭ったんだ。建物ごと爆破されて吹き飛んで、身体なんかどれが誰の一部なのか、ごっちゃになってたらしい。そんなもの繋ぎあわされるよりは空の棺のほうがまだまし、ってことらしいぜ。最後の挨拶もそこそこ、土に埋めて碑を立てて。よく分からなかった。こういっちゃ悪いが、他人事のようだったのな。もちろん父さんや母さん、妹の事は大好きだし愛してる。だけど、実感がわかなくて、ただ場の空気に押しつぶされるように泣いたんだ。だけどな、アイツは泣かなかった。
アイツ……俺には兄がいるのな。双子の。そっちは目の前で見ちまったんだよ。テロを。死んだ家族より、俺はアイツの方が正直怖かった。感情を全部そぎ落としたように無表情で、傍目しっかりと落ち着いているように見えるけど、違ったんだ。あの時のアイツはこの世を見ていなかった。繰り返していたんだと思う。頭の中でその光景を、直接見てもいないだろうけど、アイツの頭のなかには家族の死が、死に顔がずっと繰り返されてたんだと思う。そしてテロを仕掛けた犯人をアイツは頭の中で何度も殺してる。多分、俺が担わなければいけないそういう悲しみもアイツが全部一人で持っていっちまったんだよ。おかげで俺は衝撃を受けはしたものの、薄情なくらい何事も無かったように一日一日と終えていった。
うん、で、まあ……そうしてるうちにな、アイツは俺の前から消えちまったんだ。予感、は無かった、けど、可能性として無くはない、って思ったよ、後々な。アイツは俺の何倍何倍も家族の事を愛していた。だから、無くは無いって。だけど、俺としては家族が死んだ事よりアイツが姿を消した事のほうが苦しかった。どこまでもいつまでも一緒に居続けるなんてその頃は思ってたんだよ。いずれ結婚して家庭を持てば双子の兄弟といえどずっと一緒、なんてのは無理だとは、考えていなかった。明日には帰ってくる、明後日には。家を出るのが怖かった。もしすれ違いになって、あの家から俺もいなくなった、なんてアイツが考えたりしたらそれこそアイツは帰ってこなくなる。
双子の兄で、弟の俺が言うのもなんだけど、よくできた兄だったんだよ。何でもかんでも卒なくこなしているように見えて、実は影でものすごく努力しててさ。そんな姿を見たら俺が同じように努力したって二番煎じにしかならないじゃないか。そもそもああいう影で努力する事がものすごく青臭く見えて、それに反発して、コンプレックスを勝手にもって、アイツとは違うことをしよう、なんて考えた訳さ。そして俺は寄宿舎に入る事にした。アイツは家族と離れることは無理だと思ったから、俺は一人でも大丈夫なんだぜって、そう思わせたかった。それくらいしかアイツと違うことってできないから。その結果、アイツに一人で負わせちまった。違うんだ、愛してるんだよアイツの事も。双子ってさ、よく互いの考えてる事が分かるとか痛みを分かち合うとかいうだろ?でも全然。俺、アイツの考えてる事わかんなかったよ。同じ映画を見てもアイツと好きな場面はいつも違うし、好きな役者も好きな分野も好きな食べ物も飲み物も好みだって!何にも通じ合わなかったんだよ。だから、普通ならさアイツが家を出て行くときに嫌な予感とかして引き止めるなり自分も付いていくなりできるだろう?でも俺はアイツが居なくなった日に考えていた事は靴底が磨り減ってきたから新しい靴買おうかな?、だぜ?事件以来口数が減ったアイツの気晴らしにでもならないかなって、アイツと一緒に街に出て、ちょっとばっかし気晴らしにゲームセンターやアイツの好きな店を一緒に回ってやろうかな?なんて考えてた。今日はやけに起きてくるのが遅いな、ってテレビ見ながら考えてたんだ。
アイツが居なくなった事を受け入れるのに時間はかかったけど、俺は俺で生きていくしかないって自分の中で一応区切りを付けたんだ。それに命日にはいつも白い花が置いてあった。俺の同じはなを持って行った。母さんが好きな花だったんだ。それがあるとアイツはまだ生きてる、ちゃんとどこかで暮らしているんだって分かったから。
実はな、アイツが姿を消してから数年後から俺の口座にアイツ名義の振込みが定期的に入っていたんだ。はじめは何の冗談かと思ったさ。俺を養う気かよ、お前だって俺と同い年だろうが!って怒りも感じた。久しく刺激されていなかったコンプレックスも撫ぜられたけど、アイツが俺との繋がりを完全に絶っていない事がそれ以上に嬉しかったんだ。だけどな……なんというか、額が、な。俺がどう頑張ってバイトしても到底じゃないけど追い付けない額だったんだ。お前何してんの?って次の不安はこれだよ。よくよく考えてみればあれはアイツの名をかたってどこかのあしながおじさんが振り込んでいたのかもしれない、ってのもあったんだが、その可能性は俺自身が否定した。するしかなかったんだ。
俺もスクールを出たら働こうと思ってたんだけど、周りからカレッジの卒業資格を持っていたほうがいいって再三言われたんだよ。両親も居ない、片割れは何してるのか分からない、お前だけでもまっとうな道を進んでくれってな。そのためには社会に通じる資格が必要だって言われた。周りから援助するとも言われたけど、そうしてもらってもその期待に返せるだけのまっとうな人生が送れる自信が無かったから断ったんだ。本当は生活費からカレッジに通う金まで自分一人でやっていこうと思ってたんだけどさ、バイトして。でも、自分がそんなに器用に生きる事ができないって思い知った。寄宿舎に居たころも資金は両親もちだったし、自分が稼ぐ額なんかたかが知れていた。よく聞く働きながら学校に通う、にはそれだけの覚悟が必要だったのな。そして俺にはそれが無かった。卒業資格さえあればってなあなあな考えが結局のところぬるま湯に満足している状態だったんだよ。それに。やっぱりまだ家を空ける時間を短くしたかったんだ。アイツが帰ってきたとき、ただいま、にお帰り、で返せるようにって。はじめは手を付けないで居るつもりだったアイツの金にも結局のところ頼っちまった。バイトもしてたさ。それは全部学費の方にまわしたから、家を維持するための手立てに。
何とか職も手にして、ようやくアイツの金に頼らずやっていけると思った矢先の事だった。家を出て行け、って言われた。大型の軍施設建設に伴い路を作るから周辺の家は立ち退きを余儀なくされたんだよ。周辺の住民は猛反対だったさ。もちろん俺もね。抗議デモにも加わった。あの土地に何世代も前から住み続けてる所の爺さんなんて軍関係者にダイナマイト持って突っ込んでいくとさえ言ってた。でも、まだあのテロの傷に抉られ続けている人も多いかったんだよ。だから爺さんの行為は止められた。そしてそれがきっかけで皆冷静に考え始めたんだ。どちらにせよ、軍に反抗したところでそれから先の世間体を考えると大人しく引き下がったほうがリスクは少ないだろう、ってな。それに今のご時世、いつ戦争が激化して空襲を受けるか分からない、それなら軍に守ってもらった方が、って。でも冗談じゃない。あの家を失くす訳にはいかなかったから。だって、そうしたらアイツはどこに帰ってくればいいんだ、俺自身もどこに帰ればいいんだ?って、土地への愛着というよりは家への執着として、俺は爺さんのと同じ気持ちだった。物騒な話で大声では言えないけど、俺も軍関係者が行き来する時間や人数、どのタイミングでどいつを殺せばこの計画は阻止できるかって考えて見たものさ。周りに訴えかけても先の事を考えれば、とか諦めるヤツ。ここを離れて、今度こそ貴方の道を進むべきと諭してくるヤツ。もう誰も帰ってこないさ、と直球をぶつけてくるヤツもいた。結局は軍のごり押しで施設建設と路の整備は行われたってとこ。
親戚たちもあの家に固執する俺が煩わしかったのだろうが、それでも仮にという気遣いを押し付けて近々空き家になる家を使うか?と言ってきたんだ。その頃は相当腐ってたからな、もしかしたら本当に気遣いとして紹介してくれたのかもしれないその申し出を結構ですの一言で蹴ったもんさ。あちらさんもその一言を聞くとそうかいじゃあ頑張りなよ、とやる事はすんだって感じで話を切り上げた。うん、やっぱり今考えてみてもあれは親戚としての形式的な気遣いだったんだと思う。断ったときその答えをまっていました、って顔してた気がするし。
その後は適当に部屋を借りて仕事しての繰返し。まあ色々他にやることはあったんだけどな。もうアイツの帰る家も無い、どうしようもないな、って途方にくれていた俺にまさかの追い討ちだ。アイツが旧世代のガソリン車を寄越してきたんだぜ。お下がりかよ!って久々に苛立ちと嬉しさがこみ上げてきた。昔はアイツのことコンプレックスばかりを植えつける嫌なヤツ、としか思って無かったけど、まあ、時がたてばいつの間にかアイツ大好きになってる俺がいたもんだ。分かる、多分俺、アイツのこと自分の中で美化してるんだって。アイツまだ俺のことちゃんと覚えてるんだって。ならなんで一度たりとも会いに来ないのかって怒りを凌駕して瞬間風速的な嬉しさで車を撫でたんだけどな。でも直ぐに喜びなんてふっとんだ。今度ばかりは嫌な予感がしたんだ。だってアイツが家を出る前よりこれは顕著じゃないか?まるで形見だ。俺のあしながおじさんは手紙を書くことすら許してはくれない。
それから墓参りは一人きりになった。寄り添うようにして刻まれた父と母と妹の名前。その下に空いた、まだ名前が刻み込める空間が妙に怖かったものだ。次に来たときに知らぬうちにそこにアイツの名前が刻まれてるんじゃないかって。そうすると俺は本当の本当にたった一人になってしまうじゃないかって。うん、だけど事実ばかりはどうしても変えられない。俺はアイツと関係のあった人物からアイツの死を聞いたんだ。また、だぜ?これで家族全員、誰かの口から死を伝え聞いちまったんだ。たまったもんじゃない。それを聞いたときは嗚呼また置いていかれたって思った。薄らぼんやりとでは有るけどさ、俺はこの先もずっと俺は死を見送る側であり続けるような気がしたんだ。そりゃ人間だからいつかは死ぬさ。生まれた瞬間から死にに行っているなんてよく聞く文句だろ?だけど、多分、この調子じゃ俺が死ぬときは一人かな?って。そう考えると今すぐアンタの目の前で拳銃口の中に突っ込んでドンってしてみたくなるよ。少なくともアンタは俺の死を見届けてくれるハズだからね。はは、なーんて、冗談冗談。生憎、俺は自殺願望者じゃないし、俺は一分一秒でも長く覚えていたい愛した人が居るんだ。
ご察しの通り、今こんな事アンタに愚痴っている時点で分かるだろうが、その愛した人…彼女ももうこの世にはいないさ。だけどな、アイツだけは違った。ああ、ここからのアイツは兄じゃなくて彼女のほうな。俺二人称の使い分けあんまりしないから。で、だ。これがまた美人で慎ましくて賢明で、なのに所々抜けたところは可愛いんだ。出来たやつだったよ。よく俺には勿体無いって言われた。始めはな、ちょっとした心細さみたいなのから彼女を好きになったんだ。そうやって隙間を埋めてくれればいいな、と思っていたけどこれがこれが、いつの間にやら俺はベタ惚れだったらしい。この歳になってこれほどまで離したくないって思える女に出逢えるとは思わなかった。
アイツは俺の目の前で死んだ。正確には殺された、んだけどな。その殺した相手も俺は知っているし、今は恨んではいない。アレはそいつだけの責任じゃなかったから。って今俺がこう言えるようになるまではそれはもうそいつの事を恨んださ。何度も殴ったし、銃口を何度も向けた。もしある朝アイツの髪の毛にいつもとは違う寝癖……そいつも結構な癖っ毛なんだけどな、そんなものが付いてたらそれだけでも理由に引き金を弾いていたと思う。そいつを撃たないより撃つ要因の方が多いって思ってたんだ。でもそいつ俺より年下で、本当は俺がやらなきゃいけなかったことをそいつに任したんだ。まあ、出来た人間じゃないからな、アイツを殺さなくてもいい道もあったんじゃないかって今でももしもの世界を考えてしまってる。しかしものは考えようで、アイツが死んだことを知っているからこそ俺はもしもを考えれることでアイツを生かそうとしている。家族の時も兄の時ももしもあの時自分がこうしていれば、なんて考えた事が無かった気がする。結局のところ認識は出来ても理解は出来てなかったんだよ家族の方は。事実であることは間違いない。でもな、百回聞くよりも一回見る事のほうがより真実に近いんだ。家族の死をこれだけ淡白に受け取って薄情な人間なんだろうな、血通ってんのかよって自分の事ずっと思ってたけど、多分俺は一見が無ければ百回聞いても理解できないんだろうな。アイツがくれたのは死っていう実感だ。それはもう叫んださ。逝かないでくれって。こんな時に都合よく思い出すのはアイツの笑った顔ばかりで、だからこそ余計アイツの笑顔が見ることが出来ない、声が聞こえない。綺麗なコロコロと転がるような声で名前を呼んでもらえないのか、って。
ああ、駄目だ。思い出してみるとやっぱりまだ心臓がちぎれそうだ。そうしてこの傷みすらもいとおしいと思えてくるんだ。変に思わないでくれ。俺は彼女の死を経験してようやく家族の死も悲しいと思えるようになったんだ。こんな感情をあの時も抱くはずだったって。今更だぜ?父さんたちが聞いたらがっかりするだろうな。…でも、うん、よかったと思う。俺は死ぬまで死んだ家族の事を死んだと実感できないままで居たのかもしれないと思うと、アイツの死は俺に沢山のものを与えてくれたよ。まあ、アイツが死んだ後も考えるより動かなきゃいけないことが多すぎてな、実感したのはつい最近なんだ。何だろうな……、適当に付けたテレビ番組に映っていた空がな、あまりにも綺麗過ぎたからかな?昼間道端で出会ったカップルが幸せそうだったからかな?おいしそうだと思って買ってみたペットボトルの飲料が思いのほかまずかったからかな?自分でも何が引き金だったのかよく分からなかったけど、色んなものが一気にこみ上げてきて許容範囲なんて超えちまって、突っ伏して泣いちまった。いい歳したおっさんがみっともなく顔をぐちゃぐちゃにしてだぜ。思い出したんだよ。父さんが休みの日はどこかに出掛けよう、って計画立てたのに急な仕事が入って落ち込んでる姿とか。子供の俺たちが慰めたんだよな。母さんが菓子作りにはまっちまって何日も家の中に甘ったるい匂いが立ち込めていたこととか。そんな日々は妹の虫歯が出来た事で沈静化したけどな。妹は妹で俺とテレビのリモコン権で言い争ってた。いつも終わりは仕方が無いなって、妹のほうが引き下がってくれてたんだ。ああ、俺駄目な兄だ…。そんでな。俺の片割れ。アイツはこっちの気持ちまったく分かって無いくらい全て完璧にこなしていたけどな、一つだけ。アイツが作ってくれたシチューがくっそまずくて、その味が未だに忘れられないんだ。ああ、コイツにも不得意なものが在るんだなって。そう思うと愛しいとおもったよ。それからも沢山の人に逢った。出会って失って、そして今の今までの最後が俺を愛していると言ってくれたアイツだ。俺の指が好きだといってくれた。重ねると気持ちが流れ込んでくるみたいって、そんな事を言ってくれた。俺は幸せだよ。そんな暖かい記憶が溢れ過ぎて体が支えられなくなるなんてな。幸いな事に周りに人が居なかったからそれはもう声まで張り上げて泣いちまった。そういう風に声帯を使ったことなんてもう何十年も前の事だったから案の定喉がイカレちまってな。食事にしろ呑むにしろ喉が痛いの何のって苦しいはずなのに考えてることは、俺は生きてるんだなぁ、って。
お。笑ったねアンタ。いやあ、始め見たとき今にも死にそうな顔してたから大丈夫かねコイツ?って思ってたんだけど、うんうん。これだけよくもまあ喋る男に気長に付き合えたんだ。これからもその気長さでいけばいいさ。安心したよ。今のあんたの顔は初めとは大違いだ。晴れ晴れしてる。人を楽しませる話なんて生憎持ち合わせてなかったからな。俺が語れるのは俺の辿ってきた30年分の人生くらいなもんだ。そんな数少ない手持ちでもアンタはそうやって笑ってくれた。これは俺にとってもまたとない機会だ。多分、これから先この話をする事は無いと思うからな。アンタだったから多分この話をしようと思ったんだろうな。そんな気がする。さあてと、今度はそっちが話をしてくれないか、どうにもこうにも喋り疲れちまった……ってどこ行くんだい立ち上がったりして?
ああ、帰るんだな。そりゃ引き止める訳にはいかないな。帰る場所があるものはいいもんだ。あ?俺?はははっそうだな、今の話じゃ誰もいなくなっちまってるもんな。でも、大丈夫。あるよ。有難い事に、天涯孤独ってわけじゃないんだ。一緒に進もうって思えた奴らが居るんだよ。じゃあさ、次にまた会ったときはアンタの話を聞かせてくれよ。うん、何だかすっきりしたよ、聞いてくれてありがとう。アンタの、先行きに幸多からん事を祈ってる。・・・あ、最後に。
「その眼帯結構似合ってるぜ」
じゃあな。