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二人で創作・版権小説を書き綴ってます。
初めて出会った少女は、月明かりの照らす部屋の真ん中で丸くなって眠っていた。
そこは自分の部屋だった筈だ。
正確には自分が教会に属す人間となった時に、兄へと引き渡した部屋。
兄の悲報を聞き、義姉と連絡の付かなくなった彼はこの部屋へと戻り、不可解な者を目にしている。
「んぅー……」
少女が小さく唸った事で正気を取り戻し、分からないのなら本人に聞けば良いと開き直った。
何より少女は、義姉によく似た容姿をしている。
唯一鋼色の髪が違うようだが、それでも敵意はなかった。
「そんな所で寝ていると疲れますよ」
「むぃ……ふぁ?」
変な声を出しながら、少女は薄く目を開く。
そこから覗く金色は義姉とは似ても似つかず、蜂蜜のようなとろりとした色をして光った。
「貴方は何者ですか」
質問ではなく詰問で、手が届かない程の距離を保ったまま部屋の主、ゼクス・マグノリアは青色の片目で少女を見る。
少女は欠伸をし、身体を一度だけ思い切り伸ばすと金色の目をゼクスへと向けた。
そうして口元に笑みを浮かべる。
義姉とは違い、無邪気な笑みを。
「おはよー、ゼクス。ルシェから聞いててねぇ」
「ルシェ……?」
「ルーシェス・マグノリア、私のお義母さん。私はタウフェス・マグノリア、ルシェの養子だよー」
マグノリア、と聞いてゼクスは目を見開いた。
同じ性という事は、彼の義姉と兄の養子という事になる。
あの二人に10歳前後の娘が居るなど聞いた事は無かった。
だが、今度帰省した際にはとっておきのサプライズがある、と書かれた手紙を見た事はある。
結局その帰省が今のそれであり、彼らの真意を知る前に居なくなってしまったのだが。
「あの人の養子ですか……貴方は今、幾つです?」
随分としっかり、というよりはのんびりとした気性に最近の小さな子は随分と大人しいと考え、
「17歳だよー?」
「…………もう一度言って頂けますか?」
「17歳」
悪戯な笑みを浮かべて跳ねた髪を弄るタウフェスに魅入る。
指先は細く短く、肩も華奢で大きな瞳の付いた頭を支えきれているのか怪しかった。
どう考えたところで結局は10歳であろうという憶測しかたてれない。
「冗談でしょう」
「んー、本気なんだけどねぇ。まあイイヤ、ゼクスがそう思うならそれで良いよ」
気にした風もなく、どうぞ?と首を傾げて笑うタウフェスに、嘘を吐いている様子はなかった。
嘘でも冗談でも無い以上、疑い続ける意味もないとゼクスは小さく息を吐く。
そうして、冒険者同士が夫婦になった場合は神の加護を受けた養子を取れるのだったと気付いた。
人よりも成長の度合いが遅く、力もか弱いがその子供達は様々な加護を与えると聞く。
もしかしたらそれかも知れない、と思ったところで更なる疑問が湧いた。
成長の度合いが遅く、止まったとしても逆行するわけではない。
「貴方は何者ですか?」
「ルシェの義娘、ゼクスの家族だよー?」
クスクスと惜しげもなく微笑む様は楽しげで、猫のようなしなやかさを含んでいる。
これ以上問答を続けたところでタウフェスからは何も情報は得られないだろうと考えたゼクスは問いを変えた。
「なぜ此処に?」
「ルシェが居ないから、かなぁ」
「居ない……まだ、行方は知れませんか」
娘にすら行き先を知らせず、消えた彼女。
死亡の報せは届いていないが、果たして本当に生きているのかは窺わしい。
己に近しい者から死に、居なくなると言う事実にゼクスは顔を暗くさせた。
大切にした所で指の間を擦り抜ける砂のように彼らは居なくなる。
たった一人の兄ですら、信頼した義姉ですら。
「ゼクス」
「何ですか?」
呼ばれた声に目線を向ければ、笑顔を浮かべず真摯に送られる視線。
やはり蜜のようだと、頭の隅で考える。
甘く、甘い、溶けて消えてしまいそうな色。
「ゼクス、ゼクス」
再度呼ばれ、今度は返事をせずにただ目を見詰める。
まるで泣きそうな子供のように、不安げだと思った。
自分に残された唯一人の家族なのだと悟った。
そうして、それは彼女にも同じ事だった。
「眠りましょうか、タウフェス」
無償に人の体温が恋しく思えて、声を掛ける。
猫のような彼女はくすりと年の割に妖艶な笑みを浮かべ、
「良いよ、一緒に暖まろっかー」
「今夜は冷えますからね。明日の朝は、パンケーキを食べましょうか」
「うん、上手に焼いてねぇ?」
嬉しそうに縋り付いてくる小さな温もりを、愛おしいと思って抱き締めた。
この命だけは、無くしたくないと思って抱き締めた。
――――――――――
狭い個室に二人は居た。
そこはプロンテラ大聖堂内にある一室で、2人の内の初老の――とは言っても顔に浮かぶ生気は満ちあふれ、若者よりも若者然として居るのだが――男性の仕事場であり執務室に当たる。
目の前には小さな、幼い顔立ちの残る子供が立っていた。
目元に掛けられた眼鏡から覗く目は金。
人々の忌み嫌う色を隠そうともせず、周りからの視線を全て涼しげに受け流していた。
初老の男はこの聖堂に暮らす司祭であり、子供はまだ入徒して日も浅い新信者にして詠隊補佐である。
子供を目の前にした男性は、一つ小さな溜め息を吐いて言葉を続けた。
「良いかねノエル、神は……」
「神はヒトをお作りになり、しかし試練を与えたもうた」
「……そうだ。しかしヒトの言葉は遮るものじゃ無いぞ」
「同じ事を何度も聞かされたので、つい」
悪びれた風もなくシレッとした態度ながらに全身で退屈さを表す子供に、司祭は笑みをこぼした。
それは良い意味を持つものではなく、むしろ困り果てた部類のもの。
少年は臆する事なく司祭を見つめている。
何ら変わる事のない少年の態度は、かれこれ三ヶ月も続いていた。
「ノエル、君は賢い。いや……賢(さか)しい、だな。だが全くの天才という訳ではない」
「知ってます、自分の事ですから」
「そう、自分の事だ。君が賢しくなった理由は健闘が付く。その瞳だ」
確信を付き、聖職者らしからぬ熱の篭もった瞳で見返されながらも少年は顔色を変えない。
全てが予想の範疇を越えない、今まで出会った"大人"達の反応だったからだ。
この後には批判を浴びせてくるか、研究対象として見てくるのが通例。
だが
「ノエル、その眼鏡を外しなさい」
司祭は違っていた。
普通の大人は少年が眼鏡を外して運命を見通す事を恐れた。
しかし司祭は逆に、運命を見つめろと云う。
呆気にとられ、反応出来ずに居る内に業を煮やした司祭に眼鏡を外された。
「ノエル、私の目には何が映っているかね?」
「……俺、です」
「そう、私の目には君が映っている」
何を言い出すのかと構えた少年は、その一言に呆れた顔をする。
余りに普通すぎる言葉に意味など無いと頭の中だけで片付けかけ、
「しかし君の目には、私は映っていない様だ」
今度こそ本当に絶句した。
目に相手が映っていないという、ただそれだけの現実的な問題ではない。
相手の事を理解する為に意識を向ける、という行為を怠っていると指摘されたからだ。
事実であり、初めてであった。
逸らす事なく瞳を見られた事も、自分の領域(こころ)に土足で踏み入られた事も。
「君は賢しい子供だ。
しかしそれは……沢山のヒトの運命をその瞳で見。
沢山の者の暴言をその耳で聞いてきたからだろう」
静かな声でありながら、もはや先刻のように聞き流す事は出来なかった。
「その全てを受け流す事も、反論する事も出来なかった君は……。
追い立てられる様に"大人"にならざるを得なかったのだろう」
「……俺はいつだって受け流してましたよ」
「上辺は、な」
何か一つ否定してやりたくて少年が吐いた言葉は、司祭に一蹴される。
にかりとした、年に似合わぬ少年の笑みと共に。
何を言っても無駄だろうと思い、口を噤む事を決めた少年は苦笑を一つ零して司祭を見つめた。
その瞳に、満足そうな顔をした司祭が映る。
「ノエル、少年時代というのは思ったより早く過ぎ去るものだ。
……男はいつまで経っても子供だと言うのが通説だがね」
先程のような不敵な表情、厳格な雰囲気ではなく朗らかな笑みを浮かべる司祭。
恐らくは彼本来の姿なのだろう。
少年から見れば左、司祭は座っている椅子付属の執務机の引き出しを探り、葉巻を一本取り出した。
「司祭様、聖職者が俗物に染まってて良いんですか」
「そういう事もある」
そういう事しか無いと少年は思ったが、言わない事を決める。
今この人の話を聞く上では些末な事だ、と。
葉巻に火を付け終わった司祭は暫し煙を薫らせ、言葉を続けた。
「もっと今を楽しむと良い。
一度しかない今を、そんな風に拗ね腐って過ごした所で……楽しくはないだろう?」
「拗ねては、無いですよ」
「なら先に進む事を諦めるのは止めなさい。君が思うより、世界は暖かく様々な光に満ちている。
この世界は残酷だ。けれど、とても美しい」
それは、誰もが少年に言っていたものであり。
誰の声も少年に届かないものであった。
だが確実に、司祭の言葉は届いただろう。
不器用ながら、呆れながらも笑みを浮かべた少年を見れば判る事だ。
「ようこそ、ノエル。プロンテラ大聖堂に……この世界に」
「今更な祝福ですが有り難う御座います。精々楽しみますよ、この世界を」
そうしなさいと微笑んだ司祭と少年の関係は、様々に形を変えていきながら。
何だかんだと言いながら、この時の記憶をノエルが忘れる事はなかった。
例えばこの世に死ななければいけない人間が居るとする。
それはとあるカルト教団、つまり裏側の世界が魔王を甦らせる為の手段として。
逆に言うとこの世に死んではいけない人間が居るとも言える。
魔王を封印した側、表の世界が国を守る為として。
ではそれに当てはまり、表の世界では死んだ事にされ、裏の世界で生かされ続けている私は何なのだろう?
「お嬢」
思考に耽っていると、隣から呼ぶ声が聞こえた。
視線を向けるとそこには燃えるような髪色をした、顔に独特の紋様を刻んだ青年の姿が見える。
イグニス、炎の名前を冠した彼は、まさに炎のような人間だった。
「話、聞いてたか? これから攻城戦が始まる。だからマスターのアンタが居るとヤバいんだとさ。覚えとけよ」
時には苛烈に、傍若無人に振る舞う彼は悪戯な笑みを浮かべて笑う。
軽く眉間を小突くようなフリに戸惑い、眉間に力がこもった。
基本、彼女は何も喋らない。
それは話さなくて良いと周りに言われて育ったからであり、話をしようとしても通じないからだ。
彼女をマスターに据え置く"八つ目"というギルドは裏の世界の住人達の集まりだ。
「ちなみに俺はお嬢の護衛な」
イグニスの言葉を聞いて視線を逸らし、縦に細長い石造りの窓から外を見る。
彼女は自分の容姿も声も、外も知らない。
ただ彼女を見た者は一様に彼女に心酔するようになり、噂だけが先行した。
黒き戦乙女と呼ばれ、テロ集団を先導している。
数々の魔術師を傘下に組み込み、世界の真理を手にしようとしている。
そのどれもが身に覚えのない事だ。
「お嬢、こっち見ろって。とりあえず奧の部屋に行くぞ。こっちは"旗"が近いから――」
「Bonjour? カカカッ、随分とご機嫌じゃのお」
時間が凍り付いた。
イグニスは彼女を背に庇うように移動し、乱入者に牙を剥けて威嚇する。
驚いた彼女はというと、扉から差し込んでくる光を背に黒いシルエットを移す人物を見て呆けていた。
その場から動く気配のないシルエットは首を傾げ、口を開く。
「何をそんなに慌てる事がある? ここは攻戦区域外じゃが、全く人が入れないわけではあるまいに。
ああ、外に居た門番を気にして居るのか? それなら心配は無用じゃよ、生きて居る。
ワシはどうにも人殺しは苦手でな、いやはやそういう性分なのじゃよ。ふむ、これは無駄な話じゃったな。
はてさて、お前様はエヴァンジル・スカーレットで相違ないかえ?」
「何言ってんだよテメェ……!」
「ふむ? ああ、こちらの名は余り馴染みが無いのか。では質問を変えるとしよう、質疑に応答を願うとしよう。
お前様、黒き戦乙女じゃな? 人間を先導し見守る神の娘、ヴァルキリーが如く暗き闇の者たちを先導し見守る人の娘、黒き戦乙女じゃな」
疑問に対して自己肯定をしたシルエットは一歩を踏み出し、ケヒケヒと嗤う顔を晒した。
イグニスが腰を落としていつでも飛びかかれる様に足を退く。
先導した覚えも見守った覚えもない、と言いたいが声は出ない。
「おやおやー? そちらのお前様は毛を逆立てて、何ぞ良い事でもあったのかえ?
その姿を見るにまるで猫のようではないか! ワシの知り合いにも猫は居るが、お前様の様に不出来ではないな。
いや、お前様は猫とは言っても肉を裂き臓を喰らい爪を研ぐ肉食じゃから比べる事自体間違いかも知れぬがな。
それもこれも黒き戦乙女、お前様が願った事かのお」
どうなんじゃ?と嗤われて彼女は目を剥いた。
自分が会った当初からイグニスとはとらえどころのない、猫のようなしなやかさを持つ青年だった。
そこに彼女が何かの願いを抱いた事はない。
笑みを穿いたシルエットは更に一歩を踏み出し、全身を顕わにした。
緑と黒、分かたれた髪と目の色を持つ不気味な青年。
布地が少ない服装をしているのは、踊り子という職業だからだろう。
「なんじゃお前様、よもや自分が何をしでかしているのか気付かぬとでも。
世界の摂理を乱す一端を持ちながら、身に覚えがないとでも言うのかえ?
これは愉快じゃな、実にご機嫌じゃな! このギルドが何の為に在り、何を隠しているのかも知らぬとは!
ではお前様の腕にある紅い蝶のアザが魔王を復活させるカギであると、そのカギは二つあるという事も知らぬのか」
踊り子が何を言っているのかは分からなかったが、カギは二つあるという言葉に彼女は反応した。
目の前の不審者を睨み、手に魔力を溜める。
好意的な反応を何一つ見せない不審者は、彼女にとって存在自体が不気味であった。
そして、彼女がカギの片割れであるという事が憎らしかった。
「ふむ、これはなかなか愉快な展開じゃな。ワシが思っていた以上の喜劇じゃな!
マスター不明のギルドが蝶のアザを持つ少女を捜して居ると言うからワシ自ら来てみたのじゃが、やれやれじゃのお。
Distorted consciousness、歪んだ意識と言ったかのお。全てが全て、一から十まで狂って居る。
ふむふむ、良かろう! ならば戦争をしよう。ワシが賭けるのは命、お前様が購うのも命。
恐怖には恐怖を、スリルにはスリルを、最大にして最高のショーの幕開けじゃ。
同等にして不可分なく均一に周到、過不足無くして個々は並列。
どちらかが全を取り、どちらかが無に帰す。全てはお前様次第という事じゃ」
今を続けるか、これからを作るのかも勿論お前様次第じゃ、と口にして不審者は振り返らずに部屋を出て行く。
暫く警戒していたイグニスは手に持っていた獲物を腕を一振りしてかき消し、彼女を振り返った。
それを見た彼女は口を開こうとし、
「お嬢、何を望む?」
イグニスの言葉に口を噤んだ。
何を望むのか。
初めての疑問であり、今までの自分に掛けていたものだと気付く。
そして今の自分にとって、一番大切なもの。
「…………ぁ……わ、たしは」
「ああ」
「しりた、い」
初めて聞く自分の声は、思っていたよりも耳によく馴染んだ。
一歩踏み出せば、簡単に扉まで歩み寄る事が出来て外を眺める事が出来た。
青い空が、石造りの砦が、周りを囲む緑が目に飛び込んでくる。
そうして振り返れば、部屋の中の暗がりに炎の青年が立っていた。
「わたしは、わたしを、しりたい」
カギの代用品だと、代わりだと言われて育った。
ぞんざいに扱いながらも、彼らの手は触れれば壊れるかのような、腫れ物に触るような手つきで。
彼女の姉、正当なカギが見付かれば用済みだと言われ、大事に隠されて生きてきた。
言われた言葉をそのまま飲み込み、自分は必要ないのだと思って生きていた。
自分が居る意味を知りたいと、初めて願った。
――――――――――
エヴァンジル=スカーレット
16歳 女 ウィザード
魅了の魔眼、虎眼石持ち。
魔王モロクの封印を解く鍵の一人。
幼い頃に拉致され"八つ目"と呼ばれるギルドにマスターとして幽閉されていた。
イグニス
23歳 男 アサシンクロス
魔王モロク復活のカギとなる人物を誘拐する為に"八つ目"に所属していた。
カギは売る対象、商品として見ていたので距離を置いていた。
エヴァンジルの事は人として大切に思っている。
首都プロンテラの北側に位置するプロンテラ大聖堂。
そこは主神オーディンを崇める聖職者達の信仰の拠点であり、
「調子はどうだ?」
ギルドマスター・ノエルが本来ならば大主教として従事している筈の場所だった。
今居るのは己のギルドハウスであり、これは首都の南側にある。
正反対のこの場所で、宿屋を改良したハウスの入り口、ロビーにあたる場所でノエルはお茶会に参加していた。
同じテーブルに並ぶのは金色の髪と銀色の髪、正反対の光りを持つ少年達。
「……これ好き」
「クッキーか」
金色の少年、レイリが目の前にかざす物を見ている様をノエルは観察する。
いつもの暗く伏せ目がちな視線とは違い、キラキラと碧色の目に光りを取り込みながら微笑んだレイリ。
何が嬉しいのか、甘い菓子を食べている時のレイリは一際表情が豊かになる。
「俺はクッキー食べてるレイリが好き」
テーブルに片肘を付き、空いている手でティーカップを持ち上げた銀色の少年はうっとりと笑った。
視線は未だクッキーに感動しているレイリに向けられており、陽に透かされて白金に光る髪を楽しげに触っている。
頬に手を当て、碧の視線が紫銀を見詰めた。
「僕もシュノが好き」
「……人の前で惚気るんじゃねぇ」
うっとりととろける様な笑顔で笑い互いに見つめ合う少年達に、ノエルは口から砂糖の固まりを吐き出すかと思った。
菓子の匂いだけではなく、雰囲気が甘い。
仕事をサボってゆっくりしに来たのに、これでは気が休まらないと頭が痛くなる。
だが穏やかな二人の様子に、周りに溶け込んで茶を楽しむ人間らしい所作等々に満足気に鼻を鳴らした。
観察は程々にして席を立とうと思ったところで、二人の視線が時分へ向けられている事に気付く。
「のろけ?」
「お前等がそうやって仲睦まじく周りを気にしないでイチャつく事を惚気って言うんだよ」
「……色々教えてくれる先生好き」
「ああ、好きだな」
惚気の説明をしただけで向けられる甘い視線と言葉の数々に、更に頭が痛くなった。
手に持っていた皮表紙の本を閉じ、それを二人の頭に向かって振りかぶる。
「バカ言うな、お断りだ」
軽く頭を叩かれて恨めしげに見てくる少年達を、ノエルは笑みを浮かべて見下した。
そうしてその本を肩に担いでお茶の席を後にした。
――――――――――
ギルドハウス
首都の南側、住宅地と商店街の間。