すきって気持ちに素直になれない。
愛情とかよくわからない。
でも、あんたと一緒にいたいとおもった。
ずっと、ずっと、ずーっと。
それだけじゃ、理由にならないかな?
「さむ…」
悴んだ手にはぁっと息を吹きかけて温める。
外は粉雪がぱらぱらと降りしきっていた。
「会うの久しぶりだし、喜んでくれるといいけど…。」
緩みきった表情を浮かべて、ゆるく編まれた薄水色の三つ編みが風に揺れた。
はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
「ただいま、エンドローズ。」
慣れ親しんだ恋人の家の扉を開けると、小さな少女がろうそくの詰まったかごを持っていてこちらを振り返った。
薄い紫色の髪に金色の瞳のその幼い少女はリボンやフリル、レースなどがふんだんに使われたエプロンドレスを着ていて、サイドを束ねている髪には黄色い花の髪飾りが付いていた。
「えっと、だれ?」
「おきゃくさま?マスターに、ごよう?」
少女は無表情のまま首をかしげた。
「えっと、あんただれ?エンドローズは?」
「プリマはようせい、マスターはいま、おへやでねてる。おこしちゃだめなの」
「ふぅん、俺はアリシア。エンドローズの…」
「アリシア…?」
奥から慣れ親しんだ声がして、柔らかな桃色が飛び込んできた時には既に彼はアリシアの腕の中にいた。
「おかえり。」
「うん、ただいま。俺がいなくて寂しかった?」
ぎゅっとエンドローズの身体を抱きしめて冷えた身体を温める。
「うん、まぁ…それなりには?」
「久しぶりに会えたのにつれないなぁ。
そこは寂しかったーって素直に言えないの?」
「一人じゃなかったから、寂しくなかったのは事実だし。」
そういってエンドローズはきょとんとしているプリマを見た。
ようやく拘束から解放されたエンドローズはプリマを手招きした。
おぼつかない足取りでこちらに歩み寄るプリマを、アリシアはじっと眺めた。
「なに、これ」
むすっとわかりやすく嫉妬するアリシアを上目で見て、プリマの頭を撫でた。
「妖精。拾ったんだ。」
「ふーん…妖精って拾うものなの?」
「まさか、妖精は本来妖精の国から出てくることはないけど、この子はワケありでね。
国を追い出されてしまって衰弱してたところを俺が見つけて保護したんだよ。
今は契約して使い魔として働いてもらってる。」
「マスター、ろうそく…もってきた」
プリマはずいっとろうそくの入ったかごをエンドローズに差し出した。
「ありがとう、プリマ」
頭を撫でられて満足そうなプリマを横から見ていたアリシアは面白くなさそうにエンドローズをぎゅっと抱きしめた。
「今日は随分甘えてくるね?」
「寒いから、あっためてよ。」
「…だめだって、プリマが居るし。
寒いならお風呂沸いてるから、入っておいで。」
「むー。」
子供のように頬を膨らませて、アリシアはエンドローズから離れた。
「お風呂、はいってくる。」
「うん、行っといで。」
エンドローズはにこっと笑って、プリマの手を引いて奥の部屋に姿を消した。
幼いプリマの手を引く姿は、親子のようにも見えるので余計に悔しくなる。
「あんたの近くに…一番そばに居たいのに…」
子供っぽいわがままはいわないでおこうと思っていた。
それでなくても仲間内からも外見は大人で中身は子供だと比喩されるのが気に食わないのに、これじゃあ反論の余地もない。
深くため息を吐きながら、暖かな湯船に身体を浸して温める。
「俺が欲しかったのは、こんなぬくもりじゃないのに。」
膝を抱えて、俯いたまま小さな声で呟いた。
「…さみしいよ…」
溜息とともに消えた言葉は、ぬくもりとともに溶けていった。
「で、どうしてこうなった?」
髪を丁寧にタオルで拭いてゆくる編まれていた三つ編みを編みなおすエンドローズを見上げた。
「久しぶりに会ったし、なんだか甘えたそうだったから…ね?」
「そーそー、そうやってあんたは俺だけを甘やかしてくれればいいのー」
「すねないでよ、俺だってアリシアに会えなかったのは寂しかったんだよ。」
そう言って編み終わった三つ編みを離してぎゅっとアリシアを抱きしめた。
「寒いね、今日。」
「雪降ってたから、外は真っ白だった。」
椅子に座ったまま身動きがとれなくなってしまったアリシアを背後からぎゅっと抱きしめているエンドローズがくすくすと笑みをこぼした。
「プリマに妬いてた?」
「…うん。」
「よしよし、素直でよろしいね。」
「…あんたの、一番は俺じゃないと嫌なんだ。」
抱きしめる腕にそっと手を重ねる。
「俺の一番はずっとアリシアだよ?」
「わかってる、わかってるけど…心配なんだよ。
あんた、あーゆうちっさいのに弱いし。
性別ないのにあんな女物のひらひらした服着せたりとか…」
「あのね、人を変態みたいに言わないでくれるかな。
だって可愛い子が可愛い服着ていたら可愛いじゃない?」
先ほどの安心させるような言い回しとは違って、少し焦っているのか言葉尻があやしくなってくるのに、アリシアは少しだけ微笑んだ。
「プリマに構うのもいいけど、大概にしないと俺怒るから。
あんたは俺のものなんだからね」
そう言って、ぐいっと引き寄せて軽くキスをおとした。
「ん、そんなの言われなくても知ってる。」
「楽しんでるだろ、俺がこうしてあたふたしてるの見て。」
エンドローズはにっこり笑ってアリシアの腕の中に収まった。
「可愛いなぁとは思っているよ?」
「またそうやってすぐ子供扱いする。
俺、もう子供じゃないのに。」
抱きしめた身体をテーブルに押し倒して、柔らかな頬に手を沿わせる。
「身長も伸びたし、こうしてあんたを抱きしめてキスすることだって…」
「そうだね、出会った頃は小さくて可愛かったのに。」
「どうすれば、あんたの理想になれる?
俺、全然わかんない。」
思いつめたように顔を埋めてくるアリシアの頭を撫でて、天井を仰ぎ見ながら呟いた。
「そのままでいいよ、そのままのアリシアが好きだから。」
「……うー…」
ぐずる子供をあやすように頭を優しく撫でて、ようやく身体を離した。
「ほら、おいで?」
「……うん。」
体は大きくなっても、無垢な心のまま自分に全てをさらけ出してくるアリシアを、単純に愛しいと思っている。
アリシアもそんなエンドローズの気持ちは理解しているつもりだったが、いかんせん感情たちがざわついてセーブしきれない。
特に騎兵隊に所属するアリシアは遠征に参加することも多く、大半を離れて過ごしているために余計に。
一緒にベットに入って、抱きしめた恋人の身体が自分よりちいさく感じるようになったのはいつごろだったか…と、アリシアは腕の中に抱きしめた身体に力を込めた。
「すき、大好き…」
「知ってるよ」
「でもすき、すごいすき。あんなちびすけに負けないくらい好き」
「判ってる。それにプリマは…」
「でも、好きだから。聞いて、俺の言葉。俺の気持ち、ちゃんと届けたい。」
まっすぐな瞳が揺らぐこと無く真っ直ぐにエンドローズを見つめる。
「俺も、アリシアがすきだよ。
だから一緒に居るし、いつも君の帰りを待っている。」
「…ごめん、俺嫉妬ばっかりして。あんたから見たらまだまだ子供かもしれないけど…
頑張って大人になるから、嫉妬しないようにするから、嫌いにならないで…」
アリシアのいいところは気取らないこと、素直なところ。
こうして失敗も素直に認められるところ。
そんな謙虚な所に惹かれたエンドローズは、アリシアの頬に手を添えてそのままちゅっと軽くキスをした。
「嫌いにならないよ」
「…よかった」
久しぶりにあった恋人のぬくもりを感じながら、アリシアは幸せそうに目を閉じた。
嫉妬しても、すねたりしても、離れていても、
お互いの気持ちが繋がっていれば寂しくない。
今までも、これからも、この先もずっと。
そしてこれからは、小さな可愛い妖精が恋のキューピットになるのかもしれない。
それはまた、別のおはなし