学校長の話が終わり、席につくのを見届けると、シュノがレイリに手を差し出した。
「騎兵隊より皆様へお知らせが御座います。隊長、どうぞ。」
レイリはシュノの手を借りて立ち上がると、静かに話始めた。
「魔物から受ける強襲への戦力増加として、キシュ神殿よりお力添えを受ける事になりました。
彼らはこちらの風習には不慣れな為、皆様と同じ学生として籍を置く事となります。」
シュノが、不意に留学生とおぼしき二人組を呼び出した。
一人は先程シルフィスから紹介を受けたヴェリテ。
もう一人は褐色の肌に、水色の髪を団子状にまとめた小柄な少女。
ドレスから覗く両腕には、蔦のような白い紋様が刻まれていた。
「彼女はリアン・エトワール、彼はヴェリテ・モンド。
2人には留学生として在籍してもらい、同時に騎兵隊の臨時要員として配属されます。2人とも、挨拶を。」
「リアンはヴェリテとキシュ神殿にて来ました、よろしくがお願いします!」
「頼む。」
自分と年齢も変わらない二人が、最早騎兵隊に属するという事に、ロゼットは純粋に憧れた。
騎兵隊は騎士団程狭き門ではない。
身分も問われなければ、コネも要らない。
必要なのは実力という、至ってシンプルな組織だ。
しかし、騎兵隊にも規律はある。
その規律を守るためには一定の基準も必要になり、入隊に関しては隊長が直々に選別し、ふるいに掛ける。
そして眼鏡にかなったものだけが試験採用され、試験期間が終われば本採用になるシステムだ。
しかし、この二人はそれをパスして入隊を前提としてこのアカデミーに通っているという事になる。
それは、まさにエリートと呼ぶに相応しい。
「勿論このような連絡をさせる為に、わざわざ忙殺されている彼らをお呼びしたわけではありません。
今期より特別実戦講義の講師として来て頂く事となりました。」
学校長の言葉に、レイリがにこりと微笑んで一礼した。
どうやら隊長自らが教鞭を取るらしい。
周囲が一気にざわつき、ロゼットの胸も高鳴った。
憧れていた人に、直に教えを乞う機会があるとは思わなかったからだ。
高鳴る胸を落ち着かせるように、胸にてを当てて深呼吸をする。
「マグノリアの聖名は伊達じゃない、という事か」
隣でフィオルがぽつりと呟いた。
「聖名?」
耳慣れない言葉に首をかしげると、フィオルが噛み砕いて説明してくれた。
「王国の守護を担う聖騎士の中でも、特に有能な彼らを賞賛してそう言うんだ。」
マグノリアは血によって受け継がれる一族ではなく、能力によって増え、貴族である事が許されている。
それは、王国自体が幾度となく彼らに救われた過去があるからだと説明され、自分とは余りに縁遠い話にどこか他人事のように聞いていた。
恵まれた才能や、恵まれた環境というのは存在するものなのだと。
そして、努力を重ねたものこそがそういった結果を残せるのだ。
「恐ろしい傑物だよ、ルーシェス・マグノリアは。」
感心したようにフィオルがルーシェスを見上げた。
「へぇ……そうは見えないけど。」
彼女はロゼットの目には芯のしっかりとした女性という印象しかなかった。
しかしながら、彼女も高貴な気品があり、威圧感というか、そう言った類いの何か…牙のようなものは隠し持っているのだろうと、直感が告げていた。
ただの女性が、女手ひとつでここまでの規模のアカデミーを統率するなど、不可能だろう。
「人の中身は見た目と同じとは限らない、という事だね。
そして詐欺師とは往々にして親切な顔をしている者である、とカレンツ博士の論文に書かれていたよ。」
どうやらフィオルもロゼットと同様なにかを感じ取っていたらしい。
しかしながら、妙な本から得たらしい片寄った知識の使い方に、ロゼットは思わず笑みをこぼした。
「……カレンツって誰?」
「犯罪心理学者だよ。
魔とはどこから生まれるものか、というのを追求する研究している。」
本当に予想もできない答えが帰ってくる度に、ロゼットは驚かせた。
そして、ジャンルを問わず幅広い知識を持つフィオルを純粋に凄いと思い、つい負けたくない気持ちに刈られる。
式典は既に終盤になり、講師陣の挨拶がおわれば、あとは会食して各自解散になる。
「そういえば、ルージュはこの学校に入った目標はあるのかい?」
唐突に聞かれた疑問に、ロゼットは驚いてフィオルを見上げた。
貴族の彼が一平民のロゼットの目標に興味を示すと思わなかったからだ。
「まさかノーツから聞かれるとは思わなかった。そっちは騎士団に?」
世間話程度に流して、当たり障りなく聞き返してみた。
なぜ、そんなことを聞くのか、興味がわいたから。
「どうかな。騎士叙勲を受けられれば自領へ戻るという選択肢もあるのだけれど……
せっかくの学べる機会にそれは勿体ないね。」
返答は思っていたものとは違った。
てっきり家を継ぐためにアカデミーに通うのだと思っていたから。
フィオルの貪欲なまでの知識欲には素直に感銘を受けた。
そして、フィオルの事情を聞いた今、自分は黙りというわけにもいかずに、遠くを見ながらぽつりと呟く。
「そうだな。……俺は、騎兵隊に入りたいんだ。」
あの時、純粋に誰かを護るために戦う二人を格好いいと思った。
そして二人のような大人になりたいと。
平民が騎兵隊に入隊する事ができれば、ほぼ将来は安泰。
家族を養うこともできる。
年老いた両親や、年頃の姉を朝から晩まで働かせなくて済むし、まだ幼い妹と弟に自分と同じ苦労をさせずに済む。
もちろん、それだけが理由では無いのだけれど…。
「素敵な夢だ。
ルージュなら、諦めなければきっとなれる。」
「そうかな?」
「そうとも、その為に私も居るのだと思う。
まずは君の力になる事が私の夢だ。」
柔らかく微笑んだフィオルに、ロゼットは驚きを隠せなかった。
そして、ますます自分が彼のために出来ることは何かと頭を悩ませることになる。