[観察日記]
■歪んでまっすぐ


 忘れられる瞬間があると知った。
 カンちゃんたちとサッカーをしていた時だ。
 ボールを追いかけるのに夢中で、その時はそれの事しか考えられなかった。なにかに夢中になれば、母さんがいなくなった。忘れられるんだ。
 心が変に軽くなった。俺が悪いわけじゃない。
 これがどれほどの悲しみだとか、そういうのは分からなかった。泣くと湖の水かさがましちゃう。
 濡れて身体は重いのに、そのうち溺れそうなのに、それも怖くてどうしようもなく涙は止まらない。まわりにも同じように家族を亡くした子どもや、家庭の環境で親と一緒に暮らせない子どもたちもたくさんいたのに、笑ってる子もいるのに。
 だから、この悲しみは、もしかしたら持っていなくてもいいのかもしれない。
 その場所にいきたくて、でもその湖から這い上がる手段を、知らなかった。
 カンちゃんや、お兄さんお姉さんたちが笑っている理由がわからなかった。だいじょうぶだよ。
 いつかきっと。
 その言葉は魔法だった。
 母さんがよく言っていた言葉も。だいじょうぶ。
 大丈夫って何だろう。でも大丈夫って言うと、なんだか湖の水が減る。でもまた泣いちゃうと増える。だいじょうぶ。
 あ、また減った。笑いかたもね、真似するようにニコリと口の端に添えた、二本の指を押し上げる。
 なるほど。水の減りがはやい。体が軽くなって、湖からようやく這い上がれた先に、小さな子が、体を震わせて泣いていた。
 ああ、君もまだ上がりかたがわからないんだね。この子を守ったら、と思った。カンちゃんたちが、母さんがしてくれたように、ひとりぼっちからまもってあげれば、いい子にしていれば、きっといつか、湖がなくなる。もう落ちる場所なんてなくなる。ゆるされる。笑えない子どもがわらったら、ひまわりがさいたら。ねぇ、それまで、おにいちゃんがきっと、きみをまもるから。ひとりじゃないよ。おれは、ひとりじゃない。ねえ、笑って。
 口の端に添えた、二本の指を押し上げる。