『あなたは、好きな人が亡くなり、よみがえるとしたら……会いたいと思いますか?』



梅雨特有の、体に空気が纏わり付く。
心地いいとは言えず、体にはった膜を取り払おうともがく。こんな時は動き回って、それらを振り払いたくなる。
雨の日は下を見ていることが多い。足元を気にしないと水溜まりで濡れちゃうから。


暑い夏が近づくたびに、言いようのない衝動に駆られる。寂しいような、駆り立てられるような、どこかにいきたくて、その場所がわからない。帰るべき場所が、わからなくなるような、心もとなさ。
知らない道に入り込んだまま進む困惑と希望。
それでいて、戻ることを許されず、走り抜けなければいけないような衝動。
遠くの雷雲がどんどん近づいてくるような焦り。
いいようのないものが体の中を駆け巡る。
こんな時は、止まっちゃだめだ。
抜け出さないといけない。
母さんが亡くなった季節が近づくからか。
抜け出せたと思ったのに。
やっぱり時々、やってくる。
これってなんだろう。
未来を選ぶ、もっと先、その先に生きる姿をイメージしないと。
わからないんだ。
まだ見えてこない。
きっと進むために藻掻いているんだ。



何度も同じところでゲームオーバーになる。
Aクラスの友達から借りたゲーム。
もうそろそろ、休憩しようかな。
翔もやったって。クリアしてるし、教えてもらおうかな。
一度、スタートボタンを押して画面を止める。
前も後ろも囲まれている。
それでもゲームの中では、こうやって一時停止する事ができる。だからゲームなんだよね。人生は一時停止なんてできない。
ゲームの中みたいに、何度も同じ場面を繰り返すことはできない。
いつも進んでいくだけ。
引き返すことなんて出来はしないんだ。


「左の方にある箱が不自然ではありませんか?」
「わ!」
すぐ後ろから声が聞こえる。
「ビックリした!……い、いつからそこに?」
「全く気づいていなかったみたいですね」
その集中力を別のことに発揮してみては?と、一言おまけが付く。
「うるさいなーもう」
心臓が出てきちゃうかと思った。すぐ真後ろにいたの、気付かなかったよ。
だって、さっきまでトキヤは机に向かってイヤフォンをしていたから、課題に集中していると思ってたけど。どこからか俺のやっているゲームを覗いていたみたい。
「やってみる?」
「遠慮します」
「もしかして、うるさかった?」
「それはいつものことなので」
トキヤが課題をやっているときに、俺に話しかけてくるのは珍しい。
「そっちも、なにか躓いたの?」
珍しいことがある時は、なにかがあった時。
でもやっぱりそうみたい。
あなたと一緒にしないでください、ってキッチンに消えた。
どうやら珈琲を淹れにいったみたい。
なんだろう。何か感じが違う。
試しに、俺にもカフェオレ作って、ってお願いしてみると、渋々了承の返事が帰ってきた。
これはいよいよ何か違う。
時折トキヤは優しくなる。
時折っていうと、言い方が悪いのかもしれないけど、トキヤは俺にとって天気。よく雷が落ちる。


本当にカフェオレにしてくれた。
砂糖もミルクも、丁寧に混ぜ合わせたこだわりのカフェオレ。
青天のヘキレキってやつ。
ちょっと感動しちゃって、どうしてか軽快で有名なギャロップが駆け抜けた。
おいしいんだもん。
トキヤってなんでも器用にこなすよね。すごいや。


ゲームの中では壮絶な生存戦闘が行われているというのに、その目の前で、ゆっくりとカフェオレに口をつける。
ちょっとだけ間をおいて、「仮に……」と、言葉が続いた。
「あなたは、好きな人が亡くなり、よみがえるとしたら……会いたいと思いますか?」

なんでも死んだと思っていた人が前に現れた、という場面で、どう表現するかが課題らしい。
喜ぶのか、戸惑うのか、悲しむのか。
その人との関係設定をオリジナルに作った上で、場面をどう表現するか。
「そうだなぁ……」
頭の中の電球が、チカチカと瞬く。
消えかけの電球のように、何度も点いては消える。
その明かりの下に、誰かがいる。
顔がよく見えなくて、それが誰なのか、輪郭がはっきりしとしない。

「ゾンビとかじゃなくて?」
「そうではなく」
先程から画面の中ではプレイキャラクターが銃を構えている。
その目の前には、変色した肌色の、ゾンビ。
いまやってるの。ゾンビやっつけるゲームなんだから、今聞かれたらそう思うじゃん。
あちらの世界は、生き残るのも死にものぐるいなのに。
そんな向こうの世界を眺めながら、こうやって二人して温かい飲み物をすすっているんだから、現実の人間って本当に残酷だよね。



トキヤは小説の表紙を掲げてきた。
映画にもなったことのあるそのタイトルは、そのまま内容をダイレクトに物語っている。
聞いたことあるよ。内容はよくはしらないけど。
熊本のある地方で、亡くなった人が、蘇る謎の現象が起こっている。
俺たちがまだ幼いころ、そういった映画が話題になったのは覚えている。ただ、朧気でその内容も、結末も、あまり覚えていない。
でもすぐに答える事が出来なかった。
「うまくいえないけど、蘇るのは嫌だな」
だって、これだよ。こんな姿になって会いたくないな。


それでいて、綺麗なまま黄泉がえる姿を、想像したくなかった。


.