この世にいなくて、でも話したい人はいる。
この世にいるかもしれない、話したい人もいる。




会いたいって何度も願った。
なんで会いたいのかって、そんな……なんでだろう。
会いたいと思うことに理由は居るの?
どうして居なくならなければいけなかったのか。
どうして一緒にいられないのか。
この世にはあるんだって、それを理解するまで、
沢山の時間が必要だった。


いつもの公園で、ブランコに乗っている。
夕暮れに、くっきり形の浮かぶ鈍色の厚い雲。
夕焼け空は真っ赤でさ。
今日はよくない日なのかもしれない
母はいつの間にかそばに立っていた。
むかえにきてくれたの?
待ってたよ!
名前を呼ぶ優しい声、抱えあげる温かい腕。
けれども、今日はちがう。
見えない表情が、何かを言おうとして。
ねぇ、母さん。
手を伸ばしても、どんどん遠のく。
いっちゃいやだよ。
ひとりで行くのはダメだよ。
一緒に帰ろう。




ーーーえ……嘘……ホント……に?
ーーーああ、お前の命はもってあと一ヶ月
ーーーあと、一ヶ月……?
学園の健康診断の結果のことで園長先生から呼び出された。
言われたことが、理解できない。俺の命に、期限がついていた。どうして。何がいけなかったのだろう。苦しいところもない。痛いところもない。俺、昨日も翔とサッカーしてたし。
余命を宣告されたとき、頭が真っ白になったっけ。何を考えなければいけないかわからなくて、はっきりとは覚えていなけど。
文化祭すら、出れないじゃん。
今やっていることって、全部無意味なの?




「あの時の俺、すっごく情けなかったでしょう。トキヤも調子狂うって、心配してくれたんだよね。言い忘れてた。あの時はありがとう」
「自分の余命を宣言されて、冷静な方がひきますよ」
「ねぇ。どんなふうに調子狂ってた?やっぱり俺が元気ないと寂しかった?」
「雨雲が部屋にいるようなものですから。正直、全身でなにかありますよと言っているのに。肝心の口が機能していないので、苛立ちました」
「トキヤは雷落とすの得意だから、いいじゃん。雨雲とセットだよ。俺たち」
「はぁ」



思い出すよ。
夏の暑さが和らぐ9月の頃。
何をすればいいか。
どうして生きていけないのだろう。
あの当時は、うまく気持ちの整理ができなくて、
今の俺に何ができるか、ノートに書きだした。

春歌のために歌う
ギターを弾く
手紙を書く

新しいパートナーを探す

自分が残る人のために出来ることは何か。
そうやって今まで繋いでもらったものを。こんな形で終わらせるのか。だめだ。今は、何をしなければいけないか、ちゃんと考えないと。

『春歌、トキヤと組んでみない?』

折角母が残してくれた命なのに。何も残せない事になってしまう申し訳無さ。
それと同じくらい、自分の何がいけなかったのだろうという、怒り。
俺は、生き続けてはいけない事をしてしまったんだって。
思い当たるフシはあるよ。
心臓に絡みつくのは、別れの日の、大人たちの言葉。
もしも自分を育てていなければ、母はもっとずっと永く生きていくことが出来たのではないのか。
誰かの命を奪って、生きていのでは。
それはわるいことだったの?

途端に、夢を叶えようというみんなが眩しく見えた。
誰もみんな、夢を叶えるために命に磨きをかけようとしている。もがいて、挑んで、笑って。
そんな日常に、俺も居ると思っていた。
そこから先へはいけない。
俺が残せるものは何?生きていたって、誰が覚えていてくれる?
コレだけでも出来上がればって思ったけど、できたところで、何度歌えるだろう。
そんな僅かな、時間。
がむしゃらに声を張り上げて、痛みを感じる喉。
どうせもうすぐこの痛みもなくなる。
ーーー今日はもうだめです!一十木くん、明日、明日また一緒に頑張りましょうっ。
不安そうな顔で、俺を気にかけてくれる、大切なパートナー。
明日って言葉が、怖い。
明日は本当にあるの?、
この感覚。ああ、覚えがあるよ。明日はもう逢えないかもしれない。
君にそんな顔をさせてばかりで。



当時、パートナーとして卒業オーディションをかけてくれた春歌のことを、巻き込むわけには行かない。
歌いたいよ。歌いたかったよ。
春歌の歌。
これからやりたいこと沢山あった。本当の本当は、嫌だよ。

だから、俺が一番、この世で信頼している人。

『どうして。そんなこというの?』
あの時、君が傷ついてくれたことが、嬉しい。
嬉しくて、傷づけたことが悲しくて、傷つけなければいけないその事実に怒りすら湧いて、その直後に、冬の海に飛び込むように身体が冷え切る。
本当の事を話そうと思うのに、口にするのが、怖いんだ。冷静になれたつもりでも、やっぱりだめだった。


「何をどう残せばいいのかわからなくて。あの時、トキヤに言ったね。春歌とパートナーにならないかって。春歌の未来は残る」
もう俺にできるのは、これくらいだからって。
でも結局、悲しい顔をさせてばかりだった。
あの時、何が正解だったのかなんて、今ならわかるよ。本当の事を言わなければいけなかった。
君は俺に嫌われたんだって思ったんだよね。
トキヤも怒っていた。
悔しかったし、悲しかったし、憤りもあった。どうしてって。
皆と一緒にいきたい。



「あなたは、まず私に七海さんを任せました。どうしてですか」
でもね、生きている今だかゆっくり考えることもできる。
余命って言われた時、母さんはあんな気持だったのかなって。
明日を迎えられないかもしれない。
残す人たちの悲しい顔ばかり見るのは、悲しかった。
どこかで、母さんの気持ちを理解できたような気がして。
最後の瞬間、思い出せない事ばかりだったけど、もしかしたらって思えることが増えたんだよ。

「俺と一緒にいたら、課題曲完成しないし。卒業できないかもしれないって、思ったからだよ。それに、トキヤは春歌の曲好きだったでしょ?きっと春歌の歌を世界に羽ばたかせてくれるって、そう思ったから。未来を繋いでほしかった」
春歌の作る曲で、世界の人たちを、幸せにしてほしい。
「そういうことは、本当にいなくなったあとの人間で考えることです。あなたは、自分の生きる術や、やりたいことをまず一に考えなさい」
そうだな。
何で死にたくないのかって考えたら、一緒に歌いたい、今を感じ合いたいって思う人に会ったことだと思う。




俺のパートナーをやめないといった春歌と、春歌とのパートナーを是としなかった、トキヤ。
園長先生から誤診であったことが知らされてさ。
身体から力という力が抜けきって、魂までどこかに行ってしまいそうだった。
すごく安心したけど、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
春歌も泣きながら喜んでくれて、嬉しくて、明日があること、まだ生きることを許されていると、ロザリオをギュッと握る。
『学園の健康診断でそこまでわかるわけ無いでしょう。まず、原因がなにかどういう症状なのか、しっかりとした病院を受診してから問診票をもらい、処方で対処できるものかどうかを診てもらって。そのへんをきっちり聞いた上で答えを出しなさい』
『で、でも。余命を宣言されたら誰だってびっくりしてしまいますよね』
涙を浮かべながら、春歌が喜ぶ姿を見て、ぎゅって抱きしめたくなった。
生きていることを、こんなに喜んでくれる存在がいる事。それはとても幸福。
冷静に考えたら、そうなんだけど。
『短絡的なんですよ』
せつせつとお説教されたけど、トキヤの声も、いつもより優しくて、生き続ける俺のこと、世界を祝福してくれたように感じた。





それでね、俺。
前より母さんのことを思い出さなくなる時間が増えていた。
悲しいわけじゃない。
その思い出を悲しいだけだと思わなくていいんだ。
夏は、トキヤの生まれた季節。
初めて一人で歌う、バースデーソング。
贈る相手も、聴いているのも、トキヤだた一人。
誰かのために俺ができる事、あるんだね。

トキヤ。お前の事考える時間が、増えたんだよ。
初めはさ、同じ部屋になって、これから一緒に過ごす相手、ってくらいだった。
一人部屋じゃないことも安心したし。仲良くできたらいいなって思った。
施設で暮らしていたから、そういう生活は慣れてたんだ。
でも違う、これはカンちゃんたちに抱いていた感情とは違う。
何でだろうね。トキヤの事を考えると、
オルフェがエウリュディケにあったとき、歌があふれたんでしょう?
その気持ちはわかるんだ。
お前の一言一言で、体の中が焼かれるような感じ。
凄いなって思うのと、悔しいのと、負けたくないって震える気持ちとか、嬉しいって叫びたくなる。
どうしてなの?
俺の持っている言葉の中で、一番はまるのが「好き」って言葉。
好きだよ。
これって別に、恋愛だけで使う言葉じゃないから、トキヤに使ってもいいよね。
そう思っていたのに。
そんな言い訳する時点で、いつもと違ったんだ。
トキヤの字を見た時、まっすぐで、ああ、好きだな。
トキヤに書いてもらった俺の名前、今でも大切にしている。
大切なものを入れる箱の中にあるし、携帯のフォルダの、思い出の中にちゃんとある。
口では厳しいこと言ってくるのに、音を外したりしたら、そこはちがうよって教えてくれる。
俺の音を聞いてくれてるんだって。
俺の事、考えてくれているんだって、伝わってくる。
時折俺の事怖い目で見るし、そのくせ、トキヤの瞳が俺を追ってくる。

ある日気付いた。
トキヤの瞳の中に、自分でも知らない俺がいた。
それは勘違いだったかもしれない。
ううん、ちがう。それは真実。
トキヤといる時の俺は、こんなにも生きているんだね。
そう思うと、もっともっと大好きって思えてくるんだ。



「オルフェウスは不安になって振り向いた。でもさ、そんなの当たり前じゃん。不安になるよ」
だって、オルフェウスは一度エウリュディケの死知っている。
この世からいなくなった。愛する人がいなくなった時間を知っている。
一度知ってしまった死に、また怯えなくてはいけない。
死んだ人間を黄泉から連れ戻して、その人がその後幸せに生きていけるか。
その人はさ、『人』と呼んでいいのかな。

「生き返らせてあげる、って言われたら……その時にならないと、やっぱりわからない。どうして生き返らせたのって言われたら……怖いとは思う」

母さんは母さんの時間をきっと、精一杯生きてた願いたい。
そこに後悔があるなんて考えるの、俺の勝手だよ。
もっと話を聞いていればよかったな。
答えなんて、最後に言葉を交わさなかった俺にわかるはずはない。



「オルフェウス」

ーーーあしたもいっしょにすごせますように。
だけど、明日が来るのを願ってしまう。


「生き返ってほしくはないけど、また会いたいなって言ったじゃん」
「ええ。あれはどういう意味だったんですか」
「そうなった時じゃないとわからないけど、生き返った人間を人間と呼べるかわからない。そうなったとしても」
母さんはきっと天国に行けて、旦那さんに会えたんだと思う。
きっとまた生まれ変わって、今度こそ、愛する人と結ばれて幸せな家庭を築くことができれば、いいな。
旦那さんも、どんな人だろう。何も知らないけど、ただ、俺の名前はその旦那さんのものだから。俺に未来をくれた人の一人。
それは歌に乗せて届けるんだ。

「ほんの一瞬でも、また会えたらすごく嬉しいと思う」
だったらさ。
顔がみたいじゃん。
笑っていてほしい。


振り向くよきっと、俺。
ちゃんと気持ちを伝えたい。
どんなに短い時間でも。

また会いたいって、2つの考えがある。
生き返ってほしいと願うのと、その人と同じ場所へ向かうこと。


あの日から、本当に伝えたいことを、言えないことがコレほど苦しいのか。
だた一言、言いたい言葉があった。
あなたに届けたかった。
行き場を失った言葉が、体の中をさまよい続ける。
暗闇から抜け出せない。


届けたい相手に届けられないのは、きっとずっと苦しい。
開かない扉の鍵をずっと探し続ける途方もなさなんだ。
だから俺は、言う。
あなたに出会えたことは幸福に満ちていた。
あなたが居たから俺が今ここにいる
思いを伝えられる、その力が欲しい。
世界中、銀河、天国、どこにだって届くような思いを歌い続けるよ。
だから、どこかで聞いていて。


この世には居ないけど、話をしたい人がいる
この世のどこかにいるかも知れない、話たい人もいる。
もっと近くに、届けたい人がいる。
どの人にも届けたい。
だって死は絶対の掟。
納得の出来る死なんてほとんど無いと思う。
でもお前がエウリュディケを連れ帰れ無くて良かったと思う。
精一杯生き抜いた魂は、またどこかで太陽の光を浴びる。
きっと、どこかで、巡り会えることを祈っている。


だから、最後に見るのが悲しい顔なのは、嫌だよ。
最期は笑顔でお別れしたい。

「キミに出会えた全てが、俺の幸福だ」

待っていてほしい。そこに行くまで、沢山の思い出話と歌を携えてくるから。
其時は聞いてくれると嬉しいな。
君をびっくりさせるくらい沢山のメロディを用意するよ。覚悟していてね。
そうして振り向きたい。
そういったら、君は笑ってくれるかな?



伝えられなかった「ありがとう」が体の中から、太陽のもとに届くように。
だから、歌に込めるよ。きっとすごく遠いところまで行けるから。
ううん。届けるよ。
愛してくれてありがとう。
歌を教えてくれてありがとう。
未来をくれてありがとう。
これから思いを歌に乗せるから、どこかで聞いていてね。


これから思いを歌に乗せるから、そばで聞いていてね。

もちろん一緒であれば嬉しいけど、この思いを伝えたいと思う人がいるという事が、まず幸せだ。
俺が一人ではないこと、俺を一人ではないと思わせてくれる人がいる。



「好きになった人が好き。俺はトキヤが好き」


ありがとう。同じこの時に生れてきてくれて。
この気持ちが、俺に芽生えたのって、いつも見てくれてたからなんだよ。
ねぇ。
もしかしたら、お前を苦しめることになるかもしれない。
でもさ、一緒に生きていたら、上手く溶け合うかもしれないよ。
俺は想いをちゃんと伝えた。



でも、改めて今思う。
そうだね、オルフェウスとエウリュディケがいるたから気付けたんだ。
そうなる前に、伝えたいことはちゃんと伝えないと。
好きな人と一分でも一秒でも心が通ったなら、それは幸せな事じゃない?


もしもお前がエウリュディケだったら、俺、会いに行くよ。いっぱい思ってること伝えて、俺を好きでいてくれるなら、待っててねって言いたい。会えないのは凄く寂しいけど、君を思ってたくさんの歌を歌うから、会いに行ったときに聴いてね。離れ離れの時間が長いほど、苦しいくらい思いが募っちゃうかも。
もしお前がオルフェウスだったら、待ってるから急いでこないでっていうよ。


「今、それを言いますか」

今じゃないんだよ。ずっと前から、そう思ってる。
それにトキヤ。お前、違うならすぐに否定するじゃん。
しなかったね。
今じゃなかったらいいんじゃん。って思ったのは口にはしないけど。
「トキヤも俺の事すきでしょ」

「ええ」

扉の開く音。
抱きつきたいし、思いっきり叫んで走り回りたい気持ちもあったし、耳の奥で鐘がなる。
祝福があった。
「私の好きは『好き』ということですよ」
ああ、思いが返ってくることの幸福。
さっきまで戸惑っていたのに、その瞳には熱いものが燃え上がっている。
体が火に包まれたようなのに、苦しくないよ。

一緒であることが、また増えたね。

扉をあけた。
太陽の光を浴びたその先を、俺たちはまた、鍵を探し続けるんだ。

ああでも、凄く幸せ。


『好き』


同じ言葉なのに、こんなに噛みつかれるような思いが込められるなんて、やっぱりトキヤは凄いよ。








余命の話は、repeatメモリアル『本当に余命1ヶ月』
好きな人と一分でも一秒でも心が通ったなら、それは幸せな事じゃない?という考えは、『黄泉がえり』の中にあったと思います。
アニミタスはクリスチャン・ボルタンスキーの作品をもとに。
今回の課題であった『死について』の多くに、ボルタンスキーの作品のこととか、詳しくは後記にでも載せます。