あたたかい手のひら。
画材店特有の、紙の醸し出す香り。
父の書斎を思い出す。
紙の束にうもれたあの場所を。
今はまた感じたいと思う。
匂いが、記憶を呼び覚ます。

会いたいと願うより。
あなたがいて自分がいるということを、歌い続けるのだという。


ステージの上で燦燦と輝く光に、目頭が熱くなったの思い出す。
たもとが別れようが、私の可能性の事を真剣に考えてくれた母ものことも、離れることを選んだ父のことも、嫌いなはずない。好きなのだ。
小さい頃、熱を出したら二人が代わる代わる看病をしてくれたあの優しい思い出。あの頃に戻りたいとすら思うときは何度もあった。
愛情を感じた分、それがずれていくのを知って怖かった。
愛なんて感じなければ、苦しみは訪れない。
だけど、諦めなければいいんだ。自分が、相手を理解することをあきらめず、愛し続ければいい。
母が道を切り開いてくれたその先。
父が身を引いてくれたその先。
この太陽が居たのだから。



「トキヤ、俺一つわかったことがある」
「なんですか」
「俺の20%、結構すごいかも」
「どうせ嗅覚でしょう」
「そうそれ!なんでわかったの」
「……少しは否定してほしかったんですけどね」
目隠しをした音也が、なにか確信めいたことを言う。
散々犬のようだと言われているのに、本人はそれをいい意味で受け取っている。
実際、スンっと鼻を鳴らして、探っている。
父の書斎の香りを思い出していたのに、この姿に何故か暖かい思い出が遠のいていく。
果たしてその言葉がちゃんと機能するかは、分らないが、ならばやってみせてください。




「これですね、わかりました」
「ねぇ、トキヤさっきから、それしか言ってないじゃん。怖いよ」
「選んだものをあれそれ説明できるものですか。それに御自慢の20%はどうしたんですか?」
「トキヤの近くにいすぎてわかんなくなってきた。何で香水つけてんの」
「いい香りでしょう?」
「まー、そうだけど……こうさ、もうちょっとリアクションをくれたっていいのに」
「それではわかってしまうかもしれません。とりあえず、あなたの選んだのはこれですね。はい。ちょっとまっていてください。手を離しますよ」
引きずるような音が立つ。
「え?なにそれ、めちゃくちゃ重そうな音がしてない?」
「大丈夫です、ちゃんと画材です」
「ここに居たら全部そうじゃん!それ絶対何かわかんないやつでしょ!」
「私は好きですよ?」
「えー」
トキヤが好きなもの?と、そちらを考え始めている。
純粋にクエスチョンマークが浮かび上がっていて、きっとここはオンエアされるだろう。先ほどまでリアクションをくれとぶつくさ言っていたのに。
私の好きなものにばかり心を捕らわれている姿が、たまらなくいとおしい。
私のすきなもの。
知っているでしょう?
いつかの暗闇の中でも見つけ出したこの温もりを、ずっと、この手に感じている。



それでも。
私は、あなたのように考えられない。
きっとまた生きることができるのであれば、その手段を選ばずにはいられない。
オルフェウスと同じ道をたどる道筋しか見えない。
その希望にきっと、追いすがります。
でもきっと、やはり一緒に帰りつくことはできないでしょう。
『二人でなにをしようかなって、考えてたら抜けられるかもしれない』
二人きりのあの時間を、二人だけ思い出で埋める事が出来ればとても幸福なのかもしれない。
でも貪欲な私は、きっともっと欲しがる。
それはなんて幸せな時間。
あなたを想い泣くことを許してください。
そこに気付くまで、私は彷徨い続ける。


あなたを思い続けて生きていけることが幸福なのだと、気付くのはきっとずっと先だろうから。

思い返しても時間が足りないくらい、この想いをあなたに残させてください。




果たして二人の選んだもので何が出来上がったのかは、放送のときにでも。
同じ場所を言ったり来たりしている音也に、後々に、落ち着く匂いの場所なんじゃない?と視聴者からのコメントがつくことになる。
もはや技術よりどこまで使いきれるかが問題であったし。ことごとくぴよちゃんのシールを引き当てた時点で音也に軍配が上がったのはいうまでもない。






視聴者コメント。

俺の20%?
凄いのか凄くないのか分からん
よくわからないけど、力が解き放たれる時
優勝じゃん
唐突な香水情報を得た
イイカオリデショウ
いい香りなんだね
スーーーーーー


既に仕上がっているものを引き当てた。
トキヤの選んだの何??
うわっ、めちゃくちゃいい……
あーー!それ!いいな私もほしいやつ!
音也くん、おんなじところ行き来してる


トキヤくん、書くもの引けなさそう……
さっきと同じwwww
鉛筆の匂いってわかるもん?
わかるーその匂いわかるー
匂いって言ってたけど、落ち着く匂いなのかな



おお、トキヤマッキー。
最低保証を手に入れた
赤色のマッキーなのさ……トキヤさぁ……
赤……
あかいろ……


額縁かよ
もう、それ掲げて自分がアートですってやれが完璧じゃん
画材全部広げて絵を書く人とかでさ
それ最終兵器
こんなに仲良く手を繋ぐルレ
絵の具用パレットwwwww
でも肝心の絵の具がないwwwww
横にあるよ!横を指すんだ!
いくな!!そこ!!
ノートゾーン

いや、書くものができるからいいじゃん
なんでその中から、そのピンポイントのシール強くない?
あの隙間指すの、もはや強運だよ
いっそ奇跡じゃん









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悲しみを乗り越えるのは今に喜びを感じるから。
死や別れを経て、その過去とどう向き合うか。悲嘆という感情の抜け出し方を二人をベースに、春と夏で考えてみましたレポート、とりあえず一区切り。
……しないとあと二時間でチャレンジ権を失うのでご了承あれ(プライドなんてない)