ゴツッ
勢いよく倒されて頭を強打。
鉄で出来た床はそれなりの鈍い音を響かせる。
「痛っ‥‥‥いきなりなにを、んむっ」
抗議をあげかけた口が塞がれる。最初に感じたのはヒヤリとした柔らかな肉。そしてそして淫らな動きで奥に入ってきたぬめった舌先。
上顎の歯列を舐められた時、思いもかけずぞくりと特有の感覚が身を震わせその舌を噛んでしまう。
しまったと思った時には既に遅く、途端に口腔にひろがる鉄錆の味。
そしてゆっくりと離れていく唇。
血の交ざった桜色の糸を引く先を見れば、親指の先で唇を軽く拭って楽しそうに見下げてくるその人が。
「やってくれるじゃねぇか。この俺に血を流させるとはなあ、万斉」
言葉だけを聞けば怒りを買ったかと思うが、その表情は自分の気に入りの玩具を見つけた子供そのもの。
「すまぬ高杉殿、しかし」
「色気のあることやってんだからその呼び方はやめろ。晋助でいい」
男同士にもそういう行為がありえることは知っていたし、高杉がどちらも気にしないことも耳には入っていた。だとしても自分に矛先が向いてくるなどとは、ほんの数分前には考えたことなど無かった。
いや、考えたことなどないとは嘘だ。
自分の心の奥、形になれずに蠢いているものが伝わったのだろうか。
まさか。
万斉は、『色気のあること』という割にはギラリとした獰猛な眼力にゴクリと知らずに息を飲む。
譲らない高杉に、コホンと一つ咳払いをして初めてその名を呼ぶ。
「‥‥‥晋助殿は」
「殿はいらねぇつってんだろうが」
「晋助は、何故こんなことをしたでござるか。拙者、主の戯れ事などに付き合う気はない故」
「ああ?聞こえねぇな」
「っ、とりあえず、上からどけ」
「俺に命令するな。俺ぁなあ、お前のそんなとこが気にくわねぇ。世間一般じゃあ認められねぇ攘夷に参加しながら自分だけ綺麗でいようなんて思うな。日の当たるところを求めすぎだ。ああ、気にくわねぇ。どうせなららいっそ闇で汚してしまいてぇってな」
高杉は体からも息からも強い酒の匂いを吐き出している。いつもより飲んでいることは伺い知れる。
万斉は溜め息を一つ零し、高杉の頭を両の手で挟み、瞳を合わせる。
「何があった」
「‥‥‥なんにもねぇ。もういい興ざめだ」
今の今まで万斉の上で馬乗りになってた高杉だったが、糸が切れたように表情が無くなる。離れようとする熱が気になり、立ち上がろうとするその腕を引き寄せて今度は自分の意思で高杉を引き寄せる。
「晋助、拙者は戯れ事に付き合うのは嫌でござる。それならば他の誰とでもするがよい。しかし、主が拙者を本気で思ってくれるならばいくらでも睦言を紡ごう」
甘く囁いたつもりだが、その腕は力の限り張り詰めて身を剥がし、立ち去ってゆく。
そんなことは、叶わぬ夢、か。
そう思って眼を閉じた万斉。扉の軋む音がし、あと残されるは一人、と思った時。
「他の奴にんなことなんて本気の顔していうなよ!ばっか!」
まるで子供の喧嘩のように言い放った高杉はドアの入口で逆光で表情がわからない。
しかし当たる光りに照らされている顔の輪郭の部分は赤くなっているような。
気のせいでなければ。
「心配せぬとも晋助にしかこんなこと言う気になどならぬ」
ああ、形にしてしまえば簡単なこと。
久しく忘れていた『愛しい』という感情。それに足して今は甘いメロディがのる。
「んなら金儲けの算段ばかりしてねぇでちっとはココにも居着きやがれ。俺にだって金はつくれる」
冗談ではない。
放っておけばこの人は身を武器にしてでも商談を取り付けてくる。
最初、そういった意味での頭のやり方に疑問を抱き自分から鬼兵隊の資金調達を申し出た。しかし今では護りたいのが、誰にも触られたくないのが本音。
愛しい。
先程までの獣はナリを潜め目の前にいるは尻尾を揺らしながら拙者を待っている黒い猫。
「そんなことはせずともよい。拙者が両方こなせばよいこと。で、ござろ?」
「そのくれぇ、やれねぇことには今度は俺の好きにさせてもらうからな」
「やってみせるでござるよ。‥‥‥但し、拙者も光の中だけでは少々疲れる。褒美にしばしの闇を」
「あっ」
ぐいとその腕を掴み胸の中に抱き込めば、小さくおさまる黒い猫。
「お前にそんな趣味はなかったんじゃねぇのかよ、だからこそ押し倒したってぇのに」
「晋助が拙者を変えた」
跳ねる鼓動は早過ぎてどちらのものともわからず、二人で闇に溶けることにした。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
キスお題
たまにはちょっとちがう万高。万斉受けじゃないよ(笑)
昨日寝落ちして今日プラスしたら長くなっちったf^_^;