[utpr]夏の話06、遠雷03

会えなくなることは悲しい。
施設の、多くの子どもが感じていた気持ちだと思う。
両親を交通事故で亡くした子が入ってきた時、どうすれば笑顔を取り戻せるか、考えた。
俺がカンちゃんたちにしてもらったように、その子に同じように出来ればいいなって思った。
離れたくて離れたわけじゃないよね。
会いたくても会えない両親。
両親にひどいことをされてここに来た子たち。
ただ、学校にいるときより、思っているものが近いとおもえる俺たちだった。
自分の親にネグレクトを受けて、それで施設に来た子もいる。
両親の事はきらいじゃないけど、一緒にいると苦しい思いばかりで、ここの方が楽しいっていってた。
会えない苦しみはわかってあげられないけど、寂しいって気持ちは、どっかわかるから。


だけど、あの場所が寂しい場所かといえば、違う。
兄弟がたくさんいた。おはようも、おやすみも、ただいまだって、たくさん言った。
一緒に御飯を食べて、勉強もして、クリスマスや夏祭りに一緒に行った。
早乙女学園では寮生活になるから、施設を出ていくって日は、みんなが送り出してくれた。
カンちゃんが、頭をぐしゃぐしゃ撫でてくれて、みんなで写真を撮った。
それに。18歳までしか居ることはできないから。ずっと帰る場所にはならないってことを、俺たちは知っていた。
夏に飾った七夕飾りの願い事に、おかあさんとおとうさんにあいたい、と書いた子の短冊が、俺の願いの横に飾ってあった。
あのときなんて書いたっけ?



『あなたは、好きな人が亡くなり、よみがえるとしたら……会いたいと思いますか?』


その質問をされたとき、ただ漠然と、俺が思い浮かべたのは今は亡き母の姿だった。
ならば、戻ってきてはいけない。
俺だけ会えるのは不公平だ。
両親に会いたいと泣いたあの子の元にも、この世界の、別れに悲しむ人たちにも、同じようにその祝福が訪れるなら喜ぶことできるけど。
でも、
『きっと神様はみていてくれるわ』
祈りのあと、母さんはそういった。
母さんは行きたい場所にいけたのかもしれない。
もしかしたら、その先で、会いたい人に会えたかもしれない。
ーーー女で一人で…しかも、あの子、あの人の子供じゃないんでしょう?
ーーーなんでも妹さんの子供らしいわよ。事故で死んだとか
ーーーまあ、ご主人も事故で亡くなられたのに


俺にとって、以前はいて、今はいない人はその人だ。
病気で亡くなった。
まだ小さかった俺は、だからその時のこと、あまり覚えていないんだよ。
そう。
点いては消える、不安定な蛍光灯のよう。
仄暗い光が、輪郭を掴ませてくれない。



いっちゃ嫌だよ
おいていかないで
まだ、ちゃんとーーーー


そんなこと、言った覚えはないのにね。
でも、蘇るってこと考えたことなかった。
また会いたいって思うことはあるのに、心が頷かない。
「会いたい相手に会えて、喜ぶと思っていましたが、違うんですね」
意外だ、という表情に、自分でもそう思う。
会いたい人に会えるって、思えば、超嬉しいはずなのに。
会いたいと思う気持ちが、まったくないわけじゃない。
会いたい相手が、好きな子とは限らない。
そうだよね。
会えるなら会いたいって気持ちは、本当だよ。
幸せで、楽しかったのに、別れは悲しくて、それ以外にもっとあったはずだけど。
上手く思い出せないところが、沢山ある。
ザリザリとする感覚が、これ以上深く潜り込むことを引き止めていた。
その感覚を深追いしたくなくて、俺は、よくわからない、と答えた。
その明かりを見ていたくなくて、扉を締めた。
だって本当にわからないんだよ。
しっくりくるフレーズが見つからないんだ。



.
甚だ捏造をしています。
正直、施設のお兄さんお姉さんと、音也の絡み凄く見たいと思ってます。
カンちゃんと大ちゃんって固有名詞が出てきているだけで色々考えてしまいますね。

[utpr]夏の話06、遠雷02

頭の中を流れる映画の主題歌が、画面から聞こえる、地を這うようなうめき声に書き換えられる。

眼の前では進まない時間が流れる。
実のところ、そのゲームは実際にプレイしたことがある。
HAYATOの方での、特別親しくもなかった共演者に、
進められて借りた。いや、押し付けられたというべきか。
『そういうのは苦手だと断ればよかっただろう』
『あのままだと、好きなものを言うまで次から次に持ってこられそうだったので。面倒ですから』
『で、ゲームの経験はあるのか?』
『いえ』
マネージャーの苦笑い。
お前も年頃だからな。色々やってみると良いかもしれない。
たまにいる。押し付けと好意を履き違える人間が。
さっさとクリアして返すために、攻略の方法を調べた。
『一日もあれば終わらせてみせます』


進み方は知っている。
だからこそ、アレコレと手探りに進む音也に、口出しをしそうになるのだが。
進めないなら、別の方法を考えなければいけない。
その場にあるものを、全て疑う。
それでも。
眼の前にある物語を、楽しみながら向き合う姿に、己の中の足りないものを知る。

翔にやってもらおうかな。
そう独り言を言っているのが聞こえた。
同じクラスの来栖翔の名前が上がる。
別のクラスとはいえ、音也と翔はいつの間にか親しい仲になっていた。
音也はそうだ。同じクラスの友人にこうやってゲームを借りたり。
いつも誰かと話している。
人懐っこい性格というのだろう。誰にも隔てなく接するから、どうにも人間に好かれやすいみたいだ。
彼の何がそうさせるのだろう。
HAYATOという偶像が目指そうとした形がそこにある。
現に、問い掛けてしまった。
何故彼に相談など持ちかけてしまったのか。
眼の前に広がるゲームが、知っている内容であったばかりに、口実が生まれてしまったからだ。


そうか。
蘇るというだけで、これほど価値観が違うとは驚かされてばかりだ。
「トキヤはどうなの?」
嬉しい?それとも哀しい?


夏の朝に聞く、サイレンの日を思い出す。
人は、生まれた瞬間に死に向かうというが。
その瞬間を明確には選べはしない。
それなら、生まれた意味はなんだろう。
死だけは、約束されたものなのに。
その間に、人は愛を知り、夢を持ち、苦しさと歩む。
だからこそ。
「手段があるならば、それを選ぶでしょうね」
答えをはぐらかしたことは、否めない。
また巡り合う機会があるのなら、あってみたいと思う。
それはどこか、形式上の答えに思えて仕方がない。
可能性があるならもちろん、それを掴もうと思うはずだと自分に言い聞かせているようだ。
「再び会えるのなら。私は手段を選ばないでしょう」
「こんなになっても、会いたいの?」
「……」
悔しくも少し想像してしまった。
眼の前に映し出されている、身体が腐敗し、ドロドロに溶けている。
指先を握れば、きっとズルリと剥がれ落ちるだろう。ぬめる感触を想像して、不快感に眉を寄せた。
手段を選ばないが、それだと、この形状であったとしても受け入れなければいけない。
ほんの一瞬、目の前の男の、グロテスクな姿が浮かんだ。
どうして?と考えるまもなく、消え去る景色に、違和感を感じるにはまだ、この時は足りなくて。
返答に詰まる質問をされたが、それに答えを渡すより先に、音也は、
「その気持を、どう表現するかってことだよね。うーん……うまくいえないけど」
カフェオレで口を濡らしている。
お互い、目の前の、止まった世界に目をやる。
瞳の中を覗くのが怖い。覗き込まれるのを避ける。


「蘇るのは嫌だな」


だってこれだよ。
「好きな子がいたら、わかったかもね」
机の上に置かれた小説を取り、裏表紙のあらすじを眺めている。
「トキヤにはいないの?気になる子」
「別にそれがいい人とは限りません」
そこまでして会いたいと思う相手が、もちろん恋人とは限らない。
なくなった同僚。
死別した両親。
親友。
会いたいと願う人が、どんな人なのか、それは分からない。
読み漁った物語の中でしか、それを体験したことはない。
それに。自分にとって会いたい人は、今はまだ、11桁の番号を打ち込めば、繋がる。
「そっか」
恋人とは限らない。
何よりももどかしいのは、そうか、思い描け無いのだ。
そうしてまで会いたいと思う姿が。



そうだよね、と、凪いだ音が、時折リフレインする。
彼がこの時誰を思い浮かべたのか、それを知るまで。



.
トキヤの読んでいる小説は『黄泉がえり』です。
映画にもなったので、ご覧になった方はいらっしゃると。昔見たことがあったので、それを思い出しましたが、明確な内容は忘れました。

[utpr]夏の話06、遠雷01

『あなたは、好きな人が亡くなり、よみがえるとしたら……会いたいと思いますか?』



梅雨特有の、体に空気が纏わり付く。
心地いいとは言えず、体にはった膜を取り払おうともがく。こんな時は動き回って、それらを振り払いたくなる。
雨の日は下を見ていることが多い。足元を気にしないと水溜まりで濡れちゃうから。


暑い夏が近づくたびに、言いようのない衝動に駆られる。寂しいような、駆り立てられるような、どこかにいきたくて、その場所がわからない。帰るべき場所が、わからなくなるような、心もとなさ。
知らない道に入り込んだまま進む困惑と希望。
それでいて、戻ることを許されず、走り抜けなければいけないような衝動。
遠くの雷雲がどんどん近づいてくるような焦り。
いいようのないものが体の中を駆け巡る。
こんな時は、止まっちゃだめだ。
抜け出さないといけない。
母さんが亡くなった季節が近づくからか。
抜け出せたと思ったのに。
やっぱり時々、やってくる。
これってなんだろう。
未来を選ぶ、もっと先、その先に生きる姿をイメージしないと。
わからないんだ。
まだ見えてこない。
きっと進むために藻掻いているんだ。



何度も同じところでゲームオーバーになる。
Aクラスの友達から借りたゲーム。
もうそろそろ、休憩しようかな。
翔もやったって。クリアしてるし、教えてもらおうかな。
一度、スタートボタンを押して画面を止める。
前も後ろも囲まれている。
それでもゲームの中では、こうやって一時停止する事ができる。だからゲームなんだよね。人生は一時停止なんてできない。
ゲームの中みたいに、何度も同じ場面を繰り返すことはできない。
いつも進んでいくだけ。
引き返すことなんて出来はしないんだ。


「左の方にある箱が不自然ではありませんか?」
「わ!」
すぐ後ろから声が聞こえる。
「ビックリした!……い、いつからそこに?」
「全く気づいていなかったみたいですね」
その集中力を別のことに発揮してみては?と、一言おまけが付く。
「うるさいなーもう」
心臓が出てきちゃうかと思った。すぐ真後ろにいたの、気付かなかったよ。
だって、さっきまでトキヤは机に向かってイヤフォンをしていたから、課題に集中していると思ってたけど。どこからか俺のやっているゲームを覗いていたみたい。
「やってみる?」
「遠慮します」
「もしかして、うるさかった?」
「それはいつものことなので」
トキヤが課題をやっているときに、俺に話しかけてくるのは珍しい。
「そっちも、なにか躓いたの?」
珍しいことがある時は、なにかがあった時。
でもやっぱりそうみたい。
あなたと一緒にしないでください、ってキッチンに消えた。
どうやら珈琲を淹れにいったみたい。
なんだろう。何か感じが違う。
試しに、俺にもカフェオレ作って、ってお願いしてみると、渋々了承の返事が帰ってきた。
これはいよいよ何か違う。
時折トキヤは優しくなる。
時折っていうと、言い方が悪いのかもしれないけど、トキヤは俺にとって天気。よく雷が落ちる。


本当にカフェオレにしてくれた。
砂糖もミルクも、丁寧に混ぜ合わせたこだわりのカフェオレ。
青天のヘキレキってやつ。
ちょっと感動しちゃって、どうしてか軽快で有名なギャロップが駆け抜けた。
おいしいんだもん。
トキヤってなんでも器用にこなすよね。すごいや。


ゲームの中では壮絶な生存戦闘が行われているというのに、その目の前で、ゆっくりとカフェオレに口をつける。
ちょっとだけ間をおいて、「仮に……」と、言葉が続いた。
「あなたは、好きな人が亡くなり、よみがえるとしたら……会いたいと思いますか?」

なんでも死んだと思っていた人が前に現れた、という場面で、どう表現するかが課題らしい。
喜ぶのか、戸惑うのか、悲しむのか。
その人との関係設定をオリジナルに作った上で、場面をどう表現するか。
「そうだなぁ……」
頭の中の電球が、チカチカと瞬く。
消えかけの電球のように、何度も点いては消える。
その明かりの下に、誰かがいる。
顔がよく見えなくて、それが誰なのか、輪郭がはっきりしとしない。

「ゾンビとかじゃなくて?」
「そうではなく」
先程から画面の中ではプレイキャラクターが銃を構えている。
その目の前には、変色した肌色の、ゾンビ。
いまやってるの。ゾンビやっつけるゲームなんだから、今聞かれたらそう思うじゃん。
あちらの世界は、生き残るのも死にものぐるいなのに。
そんな向こうの世界を眺めながら、こうやって二人して温かい飲み物をすすっているんだから、現実の人間って本当に残酷だよね。



トキヤは小説の表紙を掲げてきた。
映画にもなったことのあるそのタイトルは、そのまま内容をダイレクトに物語っている。
聞いたことあるよ。内容はよくはしらないけど。
熊本のある地方で、亡くなった人が、蘇る謎の現象が起こっている。
俺たちがまだ幼いころ、そういった映画が話題になったのは覚えている。ただ、朧気でその内容も、結末も、あまり覚えていない。
でもすぐに答える事が出来なかった。
「うまくいえないけど、蘇るのは嫌だな」
だって、これだよ。こんな姿になって会いたくないな。


それでいて、綺麗なまま黄泉がえる姿を、想像したくなかった。


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