へいせいさいごの××

平成最後の××といわれる、何かにつけて。

平成最後の年末。平成特集とかやっているテレビ。平成ライダーが全員集まる仮面ライダー。いままでの30年間。僕の生まれた年号。なので平成しか知らない。思い入れは特にない。ずっと不況でいい思いもしなくて、かといって好景気も知らないので地獄とも思わなかった。

ただただ思春期のころから漠然と生きづらいという気持ちだけがあった。さらにこの最近、稼ぎも少ないのに遠方での祝い事などが重なったおかげで貯金もゼロになり口座残高もほぼほぼゼロになった。なったのをつらいと思った。

正確にいえばお金が無くなったことがつらいのではない。
僕は……僕とその家族は、これまで行き過ぎた贅沢もせずに、不真面目にもせずに、伴侶なんて死ぬような思いをしながら、一生懸命働き、一生懸命生活し、一生懸命楽しくいようとしてきた。
そういう努力が、悪意があるのか無いのか、恐らく無いであろう人々に吹き飛ばされたのがつらいと思った。お金が無くなったのは祝い事などが重なったためであり、その人たちのせいではない。家族の誰も無職ではないし、また貯金もできるようにはなるが、現時点での僕のお金が尽きた瞬間に、「何も悪いことなんてしてないのにどうして」と思った。

伴侶が病気になったこともそうだ。何も悪いことしてないのにどうして、と思った。お金が尽きなくても、例えば、お気に入りの食器を落として割ってしまっただけでも僕はお金が尽きた時と同じくらいのショックを受けたかもしれない。

前職で仲が良かった人が不機嫌そうにしていると、僕のせいだと言われなくても酷く責められている気がした。実際にはインフルエンザの前兆で体調がキツかったらしい。だけど僕はその人が不機嫌にしているのを、「僕のせいだと言いたげな態度だな、僕は何も悪いことをしていないのに」と思って勝手に腹が立った。

そういうメンタルだったのだと今日わかった。

何も悪いことしてないのに。
何も悪いことしてないのに。
何も悪いことしてないのに。

どうして生活費はカツカツで、どうして伴侶は元気がなくなり、どうして僕は好きだった職場を離れなければならず、どうして仲が良かった人に責められ、どうして人を疑い、どうして映画を見に行く時間もなく、どうして毎月体調が悪くなり、どうしてさっきまで綺麗だった靴がボロボロになったのか、どうして寒いのに雨が降っていて、洗濯物が乾く隙がないんだろう。いっぱい洗濯物がたまっているのに。布団も干したいし猫の毛も刈りたいのに。なんで雨ばっかり。なんで渋滞ばっかり。

そんな恨み言ばかりになってしまっていて、
楽しいこともいっぱいあったし、新しい就職先は前職よりさらにいいことばかりだし、伴侶はもうつらい目に合わなくて済むし、良いこともいっぱいあったのに、そういうのはあんまり見えなくなってしまっていて、貯金を全部崩したときにショックを受けたのはきっかけに過ぎなくて、ほんとはもうずっと、「頑張っているのにどうして」「何も悪いことしてないのにどうして」と思う出来事ばかりが目につくようになっていた。

非常に息苦しい。
今年1年はずっとそうだった。落ち着く時期がなかった。矢継ぎ早に新しいハプニングが起こった。あれ?今年って厄年だっけ?という勢いで大変なことが続いた。
今日、前職の忘年会で、僕と仲が良かったけど僕の転職をきっかけに微妙な仲になった人が欠席しているのを知った瞬間に、僕の中で何かが終わったし、その人がインフルエンザだったからこの前は態度が冷たく感じただけだとわかった時もまた、僕の中で別の何かが終わった。もうダメだと思った。何がかはわからないけど……なんか……「ダメだ」と思った、僕はダメなんだと思った、少なくとも今のメンタルは僕が思ってた以上にダメだ。あ、もしかしてしんどいのでは!?と思った。ずっとしんどいしんどいって言ってたけど、もしかするとほんとにしんどいのかも!って思った。あたまがわるいぶんしょうだな。

平成最後の「まるまる一年間」はそんな年だったです。
今日、前職の忘年会でなんか色々終わったみたいだから、ちゃんと来年から頑張れる。
新しい環境新しい生活。しんどいことたちがいっぱいあったけど、どれもこれも決別してきた。さよなら。天気はどうにもならないけど。

帰宅したらボロボロになった靴を捨てようと思って、駐車場で30分以上泣いている。

仕事退職した

お給料高いところにうつるための退職で、円満退社で、なんなら今月末の忘年会にも辞めたのに行くし、次の職場もよさそうだけど、さびしくて仕方がなかった。好きな職場だった。

12/12のこめんとのかた
>いやぁ……追記あるときのほうが少なくないですか?どう…ど、どうだろう。少なくないですか?僕はいつも、本論で本気、全力出し切ってるだぜ。


仕事を辞めることが憂鬱すぎて、ココ最近は自分の一部を剥がされるイメージをずっと持っていた。
心が白樺の木みたいに、薄くペリペリ剥がれていく。痛むので、僕は別のイメージに置き換える。
腕をカッターでピーッと浅く切るイメージ。リストカットはしない。痛いし、僕はもう、誰かの代わりに人前に立つような機会もあるにんげんになった。腕に傷がついていたらまずいだろ。

でも、心が白樺みたいにペリペリ剥がれていくのが耐えきれなくて仕方がない。日々日々、少しずつ消失していく自分に耐えきれない。大きな痛みがあるわけではないのに確実に喪失しているので幻痛がある。それに耐えきれないから、腕に傷をつける(イメージをする)ことで心の痛みを見なかったことに……したい……でも腕の傷だって(イメージです)なので、要は心の傷なんじゃあないのか……


今日までいた職場は
めちゃくちゃ僕を肯定してくれる場所だった。悪口みたいだけども仕事をする上で要領が悪い人が多いので、僕がサボりつつ仕事したとしてもみんなより何倍も速くできる。みんなが「すごいね」「はやいね」と褒めてくれる。ぬるま湯みたいでよかった。大学2年から社会人2年のあいだまで引っ張り続けていた鬱が、(元)弊社に就職してから瞬時に治った。褒めちぎられ、仕事を任され、頼られ、成功し、また褒めちぎられるサイクルは最高だった。うつ病罹患者全員弊社で働くべきだと思った。パワハラマンもいないし残業もないし飲み会もない。みんな穏やかだった。僕も穏やかになった。このブログは、僕が穏やかでない時に浮上するようなところでもあるので、あまり必要でなくなった。会社に出勤してる間は気持ちが落ち着いていて、ちゃんとしたにんげんのおとなのようだった。ある程度の愚痴はあっても貶し愛みたいな部分もあるので問題なかった。

ずっとそこにいたかったけど、そうもできない一身上の都合のら状況になってしまったので退職する決意をした。退職する決意をして以降、毎日心がペリペリと剥がれ続ける。意地でも辞めたくないなんて思ってなかったつもりだったけど、心地よいぬるさに存外に相当依存していたんだなと気がついた。

次の会社は何もかもが今までよりも良いが、次が良いかどうかとか、未来が明るいかどうかとか、そういうことは関係なく、今このときこのときが、とてつもなくさびしいということが問題だった。

会社を辞めてきて、心のペリペリが、ペリペリどころか、ポッカリみたいになってしまって、どうしようもなくなって、つらい。あの会社は精神安定剤だったんじゃないか……精神安定剤のかたまりだったのか……?精神安定剤でつくられた会社……???


兎にも角にも
心のペリペリがはじまって以降は、このペリペリしたところを補うなにかがほしくて、恋がしたくなったり、昔の青春の影を追ったり、ブログを書いてみたり、腕を切るイメージ、タバコを吸うイメージ、喉を切るイメージ、車に轢かれるイメージ、隠れるイメージ

隠れるイメージ
箱の中に、折りたたまって
おりたたたたたまって
暗所に置かれるイメージ

僕が流れてくイメージ
通過していくイメージ

実際そうだろ。誰の記憶にものこらないんだ。
忘れられていく。
覚えられる価値もない。
寂しいと思った。

ふっきれない

昔好きだった子に会ってきた

そのひとは彼氏がいるのだけど、たぶん、僕が過去に彼女を好きだったことを彼女は自覚している。
たびたびブログにも書くあの子。

恋愛感情があったでしょ
って思ってるからなのかなんなのか、ボディタッチがとても多いし、僕だけになので、悲しくなるしつらくなる。
彼女は絶対僕を好きにならないし、僕ももう彼女と付き合いたいとは思わない。思わないけど、そんなふうに触れられると、わかってるよ好きなんでしょって感じで触られると、過去に彼女を好きだったことをどうしても思い出してぞわぞわする。触らないでほしい。手も繋がないでほしい。頭部に触れないでほしい。太ももに手を置かないでほしい。

つらぁ……って思っていたら、「教員採用試験に受かった」と言われた。
彼氏との付き合いは長いが親に彼女自身が正規就職するまで結婚はしちゃいけないと言われているらしく、教員採用試験に受かったら結婚してもいいということになっていたが、とうとう今年受かったそうだ。

結婚するのかなぁ…とおもった
結婚しないでほしい。彼氏と破局してくれ。でも僕は彼女とどうにもならないけど。

結婚式には呼ばないでほしい。呼ばれても行きたくないな。昔好きだった子のウェディングドレス姿なんて写真でも絶対見たくない。動悸が激しくなってきた。つらい。

来年には破局してくれないかな。一生一人身でいてくれないかな。僕は家庭を持ってるけど。(意地が悪い)
いつまでも青春の思い出でいてほしい。それは、たぶん、僕がそろそろ彼女をひととして見ていなく、「思い出にひたって感傷的になるためのトリガー」としてしか見なくなってきている証だ。

でもそれでもそうだとしても絶対に、彼女の結婚式には出ない、思い出のために

あと

あと5万回くらい恋をしたい
恋愛脳だから。

そんだら、死んだ感受性は生き返るんだろうか。

死んだら死んだで、死んだもんは死んだもんなんだからもうずっと死んだままだろうか。生き物でなくともそうなんだろうか。どうにかして取り返せないのだろうか。恋をしたら………………

恋の何がいいかって、命が産まれるから良いんだろう…(本来の目的でいえば)
僕はバイセクシャルなので、別に命が産まれない恋愛でもいいんだけども、でもたぶん、産めない恋愛でも「恋愛っていいなあ」と思うのは、生への歓喜が何かどこかに刷り込まれてるからなのかもしれない……し……刷り込まれてない人もいるかもしれないし……………………僕は刷り込まれているので……恋をしたくて、恋をしたら……また、生まれることが、できるんじゃないかなとおもう。感受性というものが。馬鹿だから。

茨木のり子の詩のはなしだよ。読め。

感受性を守れなかったと言うより、自分で捨てたんだけど。重いから。重いだろ。なんか…社会的な責任とか、家族への責任とか、おとなとしてのせきにんとか、そういうものがない、なかったころにしか、持てなかったよな…重いから。感受性、重いから。
捨てたけど、「あ、そろそろ持てそうだな。そんな余裕出てきたな」って思ってもさ、もうだめなのかな。死んだもんはだめなのかな……ごめんね、先生
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