「だらしが無いぞマスカマ! 肩に塵がついている」
いつもと変わらない躁状態のまま、榎木津は乱暴に益田の肩についた塵を払った。普段暴君だ何だとなじられる榎木津だが、たまにふとした気まぐれを起こす時もある。
他愛の無い行動だった。
珍しく彼から殴られる以外の対応をされた益田はその気まぐれに動揺し、同時に小さな幸せを覚えた。
しかし礼を言って笑った益田の顔を見た瞬間、榎木津の眉間には険しい皺が寄り、室内の空気は一変した。
* * * * * *
毎度の事ながら、榎木津の不機嫌の波は突然やって来る。
何の前触れもなくその八つ当たりの対象、いわばスケープゴートに仕立て上げられてしまった益田は、ろくな抵抗も出来ずに困惑するしか無かった。
何がいけなかったのだろう。
悶々と考えるが明確な答えは浮かんでこない。当たり前だ。そもそも“明確な答え”など無いのだから。
益田は途方にくれて、目の前の男をただ呆然と見つめた。
「榎木津さん…あの」
「黙れカマオロカ」
おどけた調子も無く、彼は淡々と言い放つ。何故。
こんな時に限って和寅は外出中だった。確か本家に行くとか何とか言っていたっけ…と、益田はいい加減考える行為を放棄し始めた頭で、ぼんやりと見慣れた秘書兼給仕の顔を思い浮かべる。つくづくタイミングの悪い男だと、半ば自棄になってそう思った。
外は雨だ。
湿気を多分に含んだ風が窓から流れ込んできて、それが余計に益田の気を滅入らせる。
事務所で二人きりなんて絶好のシチュエーションなのに、早くその場から逃げ出したくて堪らなかった。
「お前のそういう態度が気に入らない」
「え、えのきづさ」
「本当に気に入らない。いつも独りで悦に入って自己完結する。結局何にもならないと分かってるくせに、そうやって見ないふりばかりをする」
ならばどうすれば良いというのだろう。眉根を極限まで寄せて、益田は思う。
結局、何をやっても気に入らないんじゃないか。こっちの事などおかまいなしに、そうやって罵るんじゃないか。
「じゃ、どうしろって言うんですか。知りませんよ、分かるわけないでしょ僕ぁ馬鹿なんですから。何が悪いのかさえ分かってない。分からないんですよ」
「それは甘えだ」
「そんなっ……」
言い訳のしようも無く、ただ唇を噛み締めた益田を榎木津はうんざりと見つめる。
臆病な探偵助手は、榎木津が近付くと同じ分だけ引き下がる。きっと無意識にそうしている。
榎木津はそのどこまでも卑屈な態度に酷く苛つき、その程度で苛つく事実に更に気分が悪くなるのだ。
「欲しいのか欲しくないのか、どっちだ」
最早泣きそうな顔になっている益田に、彼は高圧的な問いを投げつけた。
選べないのなら捨ててしまえ、温めているだけ無駄だと、暗に脅しをかける。他人の機敏に対して必要以上に敏感な益田が、それに気付かないはずが無いと分かっていて、敢えてそうした。
「榎木津さん…」
「……欲しいなら欲しいと、何故お前は言えないんだ」
呆れと苛立ちが混じった榎木津の声に促されるように、益田はようやく覚悟を決める。
震える手が、そっと榎木津の袖口に触れた。
end.
最近お邪魔させて頂いているサイト様の影響なのか、榎益萌えがじんわりとやって来ています。
愛される益田って良いですね。
いつか甘い青益にも挑戦したい…けど、需要があんまり無さそう(笑)