今更ですが、やっぱりこのタイトルじゃなかったような…(何)
気付くとココとの話になってしまう…マブが好きなんです…!
そして、長くなりました。
執務室に戻った九井は眼を疑った。
眼を疑うに至るには、段階を経ている。
最初に眼についたのは、特徴的な桜色の髪。その持ち主である上司が俯せにソファーに突っ伏している姿への呆れ。
次に、上司の下に人がおり、それが小柄な様子から女であること。そこから導き出された、上司が自分の執務室で女を押し倒していることに対する苛立ち。
それから気付く。自分が部屋を出たとき、ソファーで仕事をしていた女弁護士は何処だ?
そして、眼を疑うことになる。
聖母のような女弁護士が、三途に押し倒されているという状況に。
「一くん、おかえりなさーい。」
「百合さん、え、何で、三途と、え、いや、え、えぇ?」
「ごめんなさい、身動きが取れなくて。手を貸してもらえるかしら。」
片手に持った書類をヒラヒラとさせて、三途の下から女弁護士は申し訳なさそうに声を掛けてきた。
恐る恐る近付けば、三途は穏やかな寝息を立てている。
「頑張ってはみたのだけれど、私の力だけじゃ起き上がれなくて。」
「う、うん。」
心底困ったように笑む女弁護士に応えながら、三途を羽交い締めにして抱き起こす。それでも起きない三途を、床に投げ捨てようかと思うものの、女弁護士の手前、ソファーの反対隅に座らせるように転がすに留めた。
九井は一つ息を吐いてから、自力で身体を起こした女弁護士を見てぎょっとする。
「ゆ、百合さん、服」
思わず指を差せば、女弁護士は少し赤くなって苦笑いした。
「一寸、破れてしまって。みっともなくて、ごめんなさいね。」
「破れてって、それ、三途…じゃねぇの。」
「春千夜くん、錯乱して、私のことが判らなかったみたいなの。」
「錯乱って、いや何で百合さん、んな冷静なんだよ。錯乱だろうが何だろうが、百合さん、三途に襲われたってことだろ!」
九井の珍しい大声に、女弁護士は瞠目する。
「一くん、落ち着いて。」
「百合さんが落ち着き過ぎなんだって!」
「襲われかけたけれど、未遂のその又未遂よ。私は大丈夫だから。」
そっと手を取られ、諭すような言葉に、九井は苦々しくも深呼吸を一つした。
辺りを見渡せば、ローテーブルの位置がズレて、書類の多くが床に散らばっている。女弁護士のスマホも少し離れたところに転がっており、この非常時に何の連絡もなかった理由を察する。
改めて女弁護士を見れば、破れた上衣からは下着が覗いている。三途を殴りたい気持ちを押し殺した結果の舌打ちを一つすると、自席に置いていたストールを取ってきて、女弁護士に掛けた。
「有難う、一くん。」
「ん。」
ソファーに座り直した女弁護士と、寝こける三途の間に座った九井は、再度深呼吸をしてから向き直る。
「何があったんだ。」
九井の真剣な眼差しに、眉を下げた女弁護士は、ゆっくりと口を開いた。
「春千夜くんが突然部屋に入ってきたの。薬物のせいだと思うのだけれど、錯乱して、私のことが判らなかったみたい…認識出来なかったのか記憶自体飛んでたのかは、はっきりしないわ。ただ女性だということは判断出来たみたいで、押し倒されて、上に乗られてしまって…」
「…服を、破られた?」
口籠った女弁護士を促すように九井が問えば、小さく頷かれる。
「でも、其れだけよ。一か八かで抱き寄せてみたら、春千夜くん、意識を失ってくれたから。後は、一くんが見た通り、起き上がれなくて、スマホにも手が届かなかったから、手の届く範囲の書類を見ながら、一くんが戻ってくるのを待っていたの。」
「抱き寄せたら意識を失ったって、絞めたの?」
あの竜胆の姉である。純粋にそう推察した九井に、女弁護士は首を横に振る。
「こう、春千夜くんの頭を胸元に抱き寄せただけよ。」
「…は?それで意識失ったっつーか、寝たの?」
「えぇ。」
「百合さんさぁ…」
「薬物乱用者には慣れているの。賭けではあったけれど目付きと雰囲気から、いけるかなって。」
女弁護士の説明に九井は大きく溜め息を吐いた。
「一先ず百合さんが無事で良かった。服は無事じゃねぇけど。」
「服も大したことないわ。後で着替えはするけれど。スラムに出入りするようになった初めのうちは服を破られたり、鞄を引ったくられたりっていう経験もしたものよ。」
「それとこれとはさぁ…あれ、足は?痛めたりしてねぇ?」
「大丈夫よ。」
「なら良い。良いけど、百合さんは、もうちょい危機感持って。」
九井は、じっと女弁護士の紫の瞳を見詰めた。
「今回は運が良かっただけだ。三途の奴、薬のせいで、部下なんて何人も殺してるし、幹部だって怪我したりしてる。今日、百合さんは、犯されたり殺されたりしても可笑しくなかったんだよ。」
切実な九井の言葉に、女弁護士は真摯に頷いた。
「えぇ、解っているわ。」
「今回のことは、マイキーに報告して、対策考える。此処で百合さんが一人になるときは部下待機させるとか…百合さんには窮屈な思いさせるかもしんねぇけど、安全には変えらんねぇから。」
「構わないわ。」
女弁護士は、そっと九井の頭に手を伸ばした。
「一くん、心配かけてしまって、ごめんなさい。有難う。」
「…百合さん。」
「対策、しっかり考えましょうね。」
「あぁ。」
時折弟にしている其れが、幼子にするようなものと解ってはいたけれど、九井は静かに受け入れた。
「百合さん、着替えた方が良いよな。替えの服、ロッカー?」
「えぇ、そこのロッカーに。」
女弁護士の利便性を考慮して、事務室内に設けたロッカーに九井は向かう。一声掛けてから扉を開けた九井は、直ぐに替えの服を手にして、女弁護士の元に戻る。
「はい、百合さん。」
「有難う。」
「あー…こいつどうすっかな。俺は部屋から出るにしても、三途引きずり出すのはキツいわ。こいつの部下に回収に来させるか。いやでも、百合さんの着替えが優先だよな。」
九井は眉間に皺を寄せながら、三途を見る。
「ちゃちゃっと着替えるから心配しないで。」
「…百合さん…」
何度目かの溜め息を吐いた九井は、少しだけ考えてから廊下に繋がる扉に向かう。
「ドア少し開けとくから、何かあったらすぐ呼んで。俺、ドアの前にいるから。」
「あ、一くん。」
「何、百合さん?」
ノブに手をかけた九井は、女弁護士を振り返る。
「あの…今着てるのと同じ服、手配してもらえないかしら。破れた服だけで良いのだけれど。最近買ったものだから、手には入ると思うの。」
「出来る、と思うけど。」
「良かった。」
女弁護士は安心したように微笑んだ。着替えたら、破れた服を渡すことを求められた女弁護士は二つ返事で承諾する。
「あと、もう一つお願いがあって。」
九井は首を傾げて見せる。
「このこと、蘭と竜胆には黙っていてもらいたくて…」
「あいつらに百合さんのこと隠すと、後でバレたときに騒ぎになりそうなんだけど。」
面倒そうに頭を掻いて九井は続ける。
「弟に心配かけたくねーの?」
「それも勿論あるのだけれど、ほら、蘭と竜胆と、春千夜くんって、余り仲が良くないでしょう…色々あったことは聴いてはいるのだけれど、これからも一緒に働いていく上で、現状以上に拗らせない方が良いと
思って…」
女弁護士は眼を伏せる。
「…ま、それはそーだな。いいよ、黙っとく。」
顔を上げた女弁護士に、九井は舌を出して笑って見せる。
「マイキーに報告するときも、あいつらには内密にって言っとくわ。」
「有難う、一くん。」
「俺も、幹部同士の揉め事やいざこざは勘弁だからさ。」
安心したように頷いた女弁護士を確認してから、九井は静かに廊下に出た。