2回で何とか収まりました。
2023-7-18 00:31
拉致A
転がった雑兵の生死はイチイチ確認しない。
銃声を響かせながら、兄弟は足を進める。
入口付近でオハナシしたチンピラから、姉が何処に捕らわれているかは概ね把握している。
今回の件は自分達に対する御礼参り、ですらなかった。潰した組の残党の、最後の足掻き。
残党共は愛しい姉を餌に兄弟を誘き出し、心中を図る気のようだ。しかしそれも、想定外の早さの梵天による強襲により、叶うことはないだろう。
時折イムカムから他の幹部から周辺状況が入ってはくるが、然程気に留めることもない。
今大切なのは、姉だけだ。
「兄ちゃんっ。」
硝子戸の向こう、プールサイドに姉の姿を見付ける。
「竜胆。」
焦る気持ちは兄弟同じながら、蘭は竜胆を制した。
ロープで縛られているらしい姉の隣には男が一人、銃を持って立っている。
「落ち着け、竜胆。トチるなよ。」
「…うん。」
硝子戸を引けば、男の銃が自分達に向けられた。
「き、来たな灰谷兄弟!」
姉を縛るロープの先にはブロックが括り付けられている。プールに落ちれば、そうそう浮かび上がってくることは出来ないだろう。
そのことを示しながら、叫ぶ男に従い、蘭も竜胆も、ご丁寧に予備も含めて銃を投げ捨てる。
最大の危惧はこれだった。
自分達は、この組のお嬢を、彼等の目の前で、殺した。蝶よ花よと大切にされてきたらしいお嬢さんだった。今思えば凌辱しなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
何故、未だ姉を殺していないのか。
その答えは、ただそれだけ。
自分達の目の前で、姉を殺す気だからだ。
そんなことを宣う男には眼もくれず、兄弟は黙って姉を見詰める。
憔悴はしているものの、怪我をした様子がないことに、微かに安心する。伊達に仁義を重んじてきた組だけはあり、女には手を上げないということか。古臭い価値観に、僅かばかり感謝した。
しかし、嗅がされたという薬と、温度の低さの影響か、顔色が悪い。遠目にも、常より呼吸の荒いことも見て取れる。
内心の焦りを顔に出さないように、特に竜胆は、強く努める。
御高説の中、姉と、眼があった。
そして姉の、自分達に良く似た紫が、確かに意志を持って、柔らかく細められた。
「蘭、竜胆。」
男の声を遮り、姉の通る声が響いた。
蘭と竜胆は、心の中でカウントを始める。
思わず言葉を途切れさせた男に構うことなく、同様に心の中でカウントをしている姉は、酷く優しく微笑んだ。
「愛してるわ。」
聖母のように愛を告げ、姉は、余力全てを用いて、水面にその身を投げ打った。
姉の行動に唖然とする男を他所に、心の中で再度カウントを終えた兄弟は動く。
竜胆が男にタックルを仕掛け、その間に蘭は素早く銃を拾い上げ、弟に抑え込まれた男に撃ち込む。
「死んだ。」
脈を確認した蘭の言葉で、竜胆が男を離すと、二人は直ぐ様プールの縁に駆け寄る。
「俺行く。」
竜胆は、ネクタイと上着を脱ぎ捨てながら、水中の様子を確認すると、インカムを投げ捨ててから、当たりを付けて飛び込む。
蘭は、屈んで潜っていく弟を見詰める。自分も飛び込みたいのは山々だが、それでは効率が悪いと理解しているため、歯痒い思いで待つ。
数分にも感じる数秒の後、竜胆が顔を出した。
「兄ちゃん、ナイフ!」
蘭が手早く、足首に隠していたナイフを差し出せば、手を伸ばして受け取った竜胆は再度潜る。
また、過ぎる数秒が、酷く長い。
しかし、次に上がってきた影は、先程より大きなものだった。
「姉さん!竜胆!」
水面に顔を出すと大きく息を吸った姉と弟に、蘭は大きな声で呼び掛ける。そして、弟に支えられ、泳ぎ着いた姉に、手を伸ばす。
竜胆から引き継ぐと、蘭は姉をプールから引き上げた。
「姉さん。迎えに来たよ、姉さん。」
姉は小さく頷くと、そのまま長弟に倒れ込む。
「姉さんっ」
思わず強く抱き留めれば、姉が大きく呼吸を繰り返しながら、困ったような声を上げた。
「蘭までっ、濡れちゃうわ。」
「俺のことは良いから、姉さん、大丈夫?」
「一先ずは、大丈夫。有難う、蘭、竜胆。」
「姉ちゃん、相変わらず潜水強いね。」
自力でプールから上がってきた竜胆が感心したように言う。
「ははっ、流石灰谷家の人魚姫。」
姉の額と頬に張り付く髪を指で退けながら、蘭が茶化したように言えば、三人は小さく笑い声を漏らし、それから、強く抱き締め合った。
しばしそうしていると、姉が咳き込む。
「姉ちゃんっ」
「ごめんなさい、大丈夫。」
竜胆が優しく背を擦る。
「姉さん、具合は?」
「頭痛と吐き気が酷いわ。喉も違和感がある。」
蘭の問いに、姉は素直に答えた。
「エンフルランですって。」
「え?姉さん、エンフル…って、嗅がされた薬か!」
「えぇ。少しは話が出来る状況だったから。」
「さすが、姉ちゃん!」
「姉さん偉い。イイコ。」
姉の頭を撫でると、蘭はスマホを取り出して、かかりつけ医に連絡を入れる。
スマホを耳に当てる代わりに、蘭は竜胆にインカムを渡す。兄の行動の意味を理解した竜胆は、姉を無事確保したことを仲間に伝える。
それぞれが連絡を終えると、竜胆が姉を抱き抱えた。もう、ここに用は無い。
先導すふように硝子戸に手を掛けた蘭が、思い出したように姉を見た。
「姉さん、俺も愛してるよ。」
「俺も愛してるよ、姉ちゃん。」
ようやっとのことで、姉の愛を、兄弟は返す。
「有難う、蘭、竜胆。」
安心したように姉は答えた。
銃声を響かせながら、兄弟は足を進める。
入口付近でオハナシしたチンピラから、姉が何処に捕らわれているかは概ね把握している。
今回の件は自分達に対する御礼参り、ですらなかった。潰した組の残党の、最後の足掻き。
残党共は愛しい姉を餌に兄弟を誘き出し、心中を図る気のようだ。しかしそれも、想定外の早さの梵天による強襲により、叶うことはないだろう。
時折イムカムから他の幹部から周辺状況が入ってはくるが、然程気に留めることもない。
今大切なのは、姉だけだ。
「兄ちゃんっ。」
硝子戸の向こう、プールサイドに姉の姿を見付ける。
「竜胆。」
焦る気持ちは兄弟同じながら、蘭は竜胆を制した。
ロープで縛られているらしい姉の隣には男が一人、銃を持って立っている。
「落ち着け、竜胆。トチるなよ。」
「…うん。」
硝子戸を引けば、男の銃が自分達に向けられた。
「き、来たな灰谷兄弟!」
姉を縛るロープの先にはブロックが括り付けられている。プールに落ちれば、そうそう浮かび上がってくることは出来ないだろう。
そのことを示しながら、叫ぶ男に従い、蘭も竜胆も、ご丁寧に予備も含めて銃を投げ捨てる。
最大の危惧はこれだった。
自分達は、この組のお嬢を、彼等の目の前で、殺した。蝶よ花よと大切にされてきたらしいお嬢さんだった。今思えば凌辱しなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
何故、未だ姉を殺していないのか。
その答えは、ただそれだけ。
自分達の目の前で、姉を殺す気だからだ。
そんなことを宣う男には眼もくれず、兄弟は黙って姉を見詰める。
憔悴はしているものの、怪我をした様子がないことに、微かに安心する。伊達に仁義を重んじてきた組だけはあり、女には手を上げないということか。古臭い価値観に、僅かばかり感謝した。
しかし、嗅がされたという薬と、温度の低さの影響か、顔色が悪い。遠目にも、常より呼吸の荒いことも見て取れる。
内心の焦りを顔に出さないように、特に竜胆は、強く努める。
御高説の中、姉と、眼があった。
そして姉の、自分達に良く似た紫が、確かに意志を持って、柔らかく細められた。
「蘭、竜胆。」
男の声を遮り、姉の通る声が響いた。
蘭と竜胆は、心の中でカウントを始める。
思わず言葉を途切れさせた男に構うことなく、同様に心の中でカウントをしている姉は、酷く優しく微笑んだ。
「愛してるわ。」
聖母のように愛を告げ、姉は、余力全てを用いて、水面にその身を投げ打った。
姉の行動に唖然とする男を他所に、心の中で再度カウントを終えた兄弟は動く。
竜胆が男にタックルを仕掛け、その間に蘭は素早く銃を拾い上げ、弟に抑え込まれた男に撃ち込む。
「死んだ。」
脈を確認した蘭の言葉で、竜胆が男を離すと、二人は直ぐ様プールの縁に駆け寄る。
「俺行く。」
竜胆は、ネクタイと上着を脱ぎ捨てながら、水中の様子を確認すると、インカムを投げ捨ててから、当たりを付けて飛び込む。
蘭は、屈んで潜っていく弟を見詰める。自分も飛び込みたいのは山々だが、それでは効率が悪いと理解しているため、歯痒い思いで待つ。
数分にも感じる数秒の後、竜胆が顔を出した。
「兄ちゃん、ナイフ!」
蘭が手早く、足首に隠していたナイフを差し出せば、手を伸ばして受け取った竜胆は再度潜る。
また、過ぎる数秒が、酷く長い。
しかし、次に上がってきた影は、先程より大きなものだった。
「姉さん!竜胆!」
水面に顔を出すと大きく息を吸った姉と弟に、蘭は大きな声で呼び掛ける。そして、弟に支えられ、泳ぎ着いた姉に、手を伸ばす。
竜胆から引き継ぐと、蘭は姉をプールから引き上げた。
「姉さん。迎えに来たよ、姉さん。」
姉は小さく頷くと、そのまま長弟に倒れ込む。
「姉さんっ」
思わず強く抱き留めれば、姉が大きく呼吸を繰り返しながら、困ったような声を上げた。
「蘭までっ、濡れちゃうわ。」
「俺のことは良いから、姉さん、大丈夫?」
「一先ずは、大丈夫。有難う、蘭、竜胆。」
「姉ちゃん、相変わらず潜水強いね。」
自力でプールから上がってきた竜胆が感心したように言う。
「ははっ、流石灰谷家の人魚姫。」
姉の額と頬に張り付く髪を指で退けながら、蘭が茶化したように言えば、三人は小さく笑い声を漏らし、それから、強く抱き締め合った。
しばしそうしていると、姉が咳き込む。
「姉ちゃんっ」
「ごめんなさい、大丈夫。」
竜胆が優しく背を擦る。
「姉さん、具合は?」
「頭痛と吐き気が酷いわ。喉も違和感がある。」
蘭の問いに、姉は素直に答えた。
「エンフルランですって。」
「え?姉さん、エンフル…って、嗅がされた薬か!」
「えぇ。少しは話が出来る状況だったから。」
「さすが、姉ちゃん!」
「姉さん偉い。イイコ。」
姉の頭を撫でると、蘭はスマホを取り出して、かかりつけ医に連絡を入れる。
スマホを耳に当てる代わりに、蘭は竜胆にインカムを渡す。兄の行動の意味を理解した竜胆は、姉を無事確保したことを仲間に伝える。
それぞれが連絡を終えると、竜胆が姉を抱き抱えた。もう、ここに用は無い。
先導すふように硝子戸に手を掛けた蘭が、思い出したように姉を見た。
「姉さん、俺も愛してるよ。」
「俺も愛してるよ、姉ちゃん。」
ようやっとのことで、姉の愛を、兄弟は返す。
「有難う、蘭、竜胆。」
安心したように姉は答えた。
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