殺される姿を見た。
前にも似たような姿を見たことがある。中学生の頃のことだ。けれど、そのときはてっきりショックで、私の願望がそのまま表れただけだと思って過ぎた。
今の姿で、今改めて殺される姿を見て、私は察したのだ。
こんな夢を見た。
「ちょっ、××!待って、って」
家主である千冬の静止を無視して、私は部屋にズカズカと上がり込んだ。
部屋の中では、床に座った羽宮がポカンとした顔をして、私を見上げた。乱入者が私だと認識した羽宮は、顔色を悪くしてサッと顔を俯けた。
「××!」
「…千冬、俺、外出てくるから。」
私の腕を掴んだ千冬に、羽宮は立ち上がりながら小さな声で告げた。
「羽宮。」
歩き出そうとしていた羽宮が不自然に止まる。
呼び掛けておいて、何も続きのアクションを起こさない私を恐れたのか、羽宮は恐る恐る顔を上げた。
「…何、××さん。」
私は羽宮を見詰め、深呼吸を一つする。そして、意を決して口を開いた。
「羽宮が死んでも、私、全然溜飲下がんなかった。」
千冬が私の腕を掴んだ手に力を入れたのを感じる。千冬にしてみれば、無意識、若しくは本能的なところだろう。
「中学生のあんたが佐野くんに殴り殺されたときも、今のあんたがやっぱり佐野に殺されたときも、どっちも。」
そう、どちらのときも、羽宮が死んだことで、私の気が晴れることはなかった。
二人は黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。
「私が」
気付いたのだ。
「ずっと許せなかったのは、ずっと恨んでたのは」
私が、許せなかったのは、恨んでいたのは。
「私自身。」
そう、私だ。
「場地くんに、行かないでって、危ないことは止めてって言えなかった私。」
下を向けば、床に涙が落ちた。
『千冬の怪我は大丈夫。場地くんも気を付けてね。』
…なんてことより、本当は、言いたいことは別にあった。
「ずっと言いたかったことがあったのに」
好きだった。
「言わなかった私。」
入学したばかりの頃、他校の上級生に絡まれてるところを助けてもらって、好きになった。
でも夏休みが明けたら、いなくなってて。
千冬がうちに連れてきたときは吃驚して、心の中で千冬を目茶苦茶褒めた。褒め称えた。
こんなドラマチックな再会、運命だって思った。
ずっと告白しようと思ってた。私から言わなきゃ、お友達止まりってことは気付いてたから。…言ったところで、OKかなんてわかんなかったけど。
だから、何かと理由をつけて、後回しにしてた。
大丈夫、他の女の子の気配はないし。
大丈夫、毎日のように家に来てるし。なんなら、あっちのうちに行ってる千冬にかこつけて、月2位で私もお邪魔してるし。
大丈夫、ケー番もメアドも、千冬をダシにゲットしたし、毎日とはいわなくてもメールしてるし。
大丈夫、大丈夫。
何時でも言えるから、空気とタイミングを見計らって。
大丈夫、大丈夫。
まだ大丈夫。
「私がずっと殺したかったのは、場地くんに好きって伝えられなかった臆病な私自身。」
場地くんのことが、ずっと好きだった。
「羽宮を恨むのは、お門違いだったの。」
ぽたりと床に涙が落ちた。
「…今までずっと、ごめん。ごめんなさい、羽宮それに、千冬も。」
「××…。」
腕を掴んでいた千冬の手が、私の手を掴み直す。
「…いいよ、××さん。」
羽宮が私を呼んだ。
「いいんだ。」
顔を上げれば、羽宮は泣きそうな顔で笑っていた。
「自分のこと殺したいって思う位なら、俺のこと恨んでてよ。」
「羽宮…」
「…俺、きっと、××さんに恨まれることで、救われてたんだ…千冬は俺を責めないし、皆も何も言わなくて、そん中で、××さんだけは真っ直ぐに俺に恨み言ぶつけて、罵ってくれて。××さんのお陰で、俺は、俺の罪を忘れずに、場地のことを忘れずに、今の平凡で幸せな日々が俺には勿体無いものだってこと、ちゃんと自覚出来てたんだ。」
「一虎くんっ」
千冬の声を気にせず、羽宮は続ける。
「だから××さんが謝る必要なんてないんだ。だって、それは××さんがそれだけ場地のこと、大切に思ってくれてたってことだと思うから。」
リン、と羽宮のピアスが鳴った。
「場地、俺のすげぇ大事なダチなんだ。場地のこと、大切に思ってくれて、ありがとう。」
場地くんにとって、羽宮は一緒に地獄に落ちても良い位大切な友達だったんだって、千冬から聞かされたことがある。
「自分のこと殺したいなんて、思わないでよ。そんなの、場地も喜ばねぇよ。」
「……羽宮はそう言ってくれても、でも自覚しちゃった以上、もう、無理だから。」
「…そっか…」
「でも…」
羽宮はじっと私を見て、待ってくれる。
「…いきなり今までの態度から変わるとかは難しと思うんだけど、でも、努力するからさ、羽宮が良ければ、いつか、昔の場地くんの話とか、聴かせてほしい。私、車に火付けた位しか聴いたことなくて。」
「…良いよ。俺も、俺の知らない場地のこと、教えてほしい。」
「うん。」
私が頷くと、羽宮は安心したように微笑んだ。
それから千冬を見て、笑った。
「千冬から聞くとさ、目茶苦茶補整かかつてんだもん。場地、そんなかっけーわけないって。」
「…場地くんは格好良いよ!」
私が言い返すと、羽宮は少し驚いて、それから千冬が吹き出すと、私達も釣られるように笑った。